「翡翠と桜の暇な一日」
 
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 何もない休日。取り立ててやることもない。

 自室で予定を確認してみるが本当に何もない。これといって急ぎでやること仕事もない。書きたい論文もない。
 せっかくの休日だというのに、休日になると逆にやることがないとは。
 その部屋の主である青年ユーノ・スクライアは思わず溜息を吐いた。

「……暇だな………」
 職場である無限書庫に行ってみようかとも思ったが、休日出勤してくるな、と、どうせ部下に追い出されるに決まっている。

 昨晩は仕事を終えて自宅へ戻り、そのまま朝までグッスリと眠っていた。
 休日はまだ始まったばかりだ。

 二度寝するという選択肢もあるだろうが、残念ながら眠気はない。
 なら読書でも……。

 そう思って本棚に目を向けるが、本棚にある本は皆、一度は読んでしまった物ばかり。
 休日を終日、読書に充てるにしても、それはあまりにも味気ない。

 ふう。
 本日、二度目の溜息。

 友人を誘って遊びに誘うという選択肢もあるが、仕事かもしれない。
 そもそも暇だから遊びに行こうなどと誘うという行動は、ユーノ・スクライアという人物にとっては大胆すぎた。

 相手にも都合という物があるだろう。

「……することがないなぁ」
 だが、家にいたってやることもない。
 仕方ない、と立ち上がると、とりあえず街まで出てみることにした。

 時空管理局本局。そこは街一つが格納されているいわば、人工惑星のような物だ。
 人が集まるが故に、生活のためのスペースも確保されている。
 ユーノは街で本でも物色してみることに決め、自宅を後にするのだった。

            ◆    ◇    ◆

 スケジュールを確認する。これといってやることもない。
「……暇………」
 同じ理由で幼馴染みの青年が、全く同じ頃にそんなことを呟いたとも知らず、高町なのはは自宅のベッドへと音を立てて寝そべった。
「……フェイトちゃん…はお仕事だっけ………。はやてちゃんは…起きてるだろうけど……」

 幼馴染みの親友たちの名を上げてみるが、どちらも都合は付かないはずだった。
 フェイトは仕事の関係で本局を離れていたはずだし、はやては前日まで捜査官の仕事であちこち動き回っていたはずだ。
 今頃はミッドチルダの自宅で休んでいることだろう。
 そもそも今からミッドに降りるのも少し気が引けた。

 実家に遊びに行くという選択肢もあるが、半日も向こうにいられないのでは戻る意味も少ない。

 なら、どうするか。
 ユーノは仕事だろうか?
 一瞬、そう考えて首を横に振る。
 日頃から各所の資料請求などで忙しく動き回っている彼に、暇だから遊びに行こうなどと言うのはさらに気が引ける行為だ。
 連絡してみれば、笑って答えてくれるだろうが、それでもやる気にはなれない。

「…街に出てみよう……」
 考えた末、街に出てみることにした。
 特にすることも無いのだが、ウインドウショッピングでもしていれば、気も紛れる。
 溜息を吐いて、立ち上がるとなのはもまた、自宅を後にするのだった。

            ◆    ◇    ◆

 街へ出て特に決めた目的地もなく歩き、見付けた本屋でユーノは適当に面白そうな本を探す。
 収穫はまずまずだったが、とりあえずそれだけで帰るのも味気ない。
「食事でもしようかな」
 手近に見付けたファーストフード店で適当に見繕う。
 また、栄養考えずに食べてる。
 よく幼馴染みたちに言われる単語が頭に浮かんで思わず苦笑する。

 一度、食べてるだけいいじゃないかと反論したことがあったが、揃ってすごい剣幕でお説教された事があった。
 あの時は怖かった。
 なのははなのはで無表情で頭冷やそうかなんて言い出すし、フェイトはフェイトで手に雷纏ってたし。
 はやては笑ってただけだったけど、目が全然笑ってなかったし。放っておいたら何をするつもりだったんだろう。

 軽く身震いして、袋を受け取ると、店外へと足を運ぶ。
 食べるのに適当なところはないかな、どこかで適当に座れる場所を探すが、近場には無さそうだった。
 テイクアウトにしなければ、良かったかなぁと、カサリと音を立て受け取った袋に視線を落とす。

「……しっかし、暑いなぁ」
 本局の市街には、一応、季節の概念がある。
 といっても人工的に気温を操作しているだけなのだが。
 今を季節として言うならば、夏本場に近づく頃と言ったところか。

 家に戻ろうかとも思ったが、それも面倒だった。
 少し考えた末、ある場所を思いついて歩き出した。
 ここ最近、見付けた誰にも教えていないお気に入りの場所。
 そこなら人も少ないし、そんなに日も当たらないから、本でも読みながら食べるのに丁度良い。

 そう結論付けると、ユーノは目的地に向かい、その場から足早に立ち去るのだった。

            ◆    ◇    ◆

 人の住む環境に合わせて、季節の温度差は設定されている本局の市街。
 店先で夏物の洋服を眺めながら、なのはは溜め息を吐いた。
 そう、一人で見ていてもつまらないのだ。
「…やっぱり、一人で来てもつまんないなぁ……」
 休日ということもあり、カップル、友だち同士、家族連れ、周りを見てみれば連れ添っている人々ばかりだ。
 なのはの様に一人でブラブラしている女性は珍しかった。

 しかも一人でブラブラしているものだから、やはり言い寄ってくるような男もいる。
 物好きな人たちもいるものだ、と自分の容姿に自覚のないなのははその度に首を傾げながら断っていた。

 2,3度目のアタックを避けたところで、なのはは更に大きな溜め息を吐く。
 人混みの中で一人でいるものだから、返って疲れてしまった。
「……おまけに結構暑いし」
 こんな事なら、家に閉じこもっていた方がまだ良かっただろうか。
「でも……せっかく、出てきたんだしなぁ……あ、そうだ!」
 どうせなら静かなところに行こうか。そう思った。
 やはりやることも無くてブラブラしていた時、偶然に見つけた、まだ誰にも教えていない場所。
 人も少なく、割と静かなその場所は少し懐かしい感じのする場所でもあった。

 あそこなら涼めるし、一人で時間を潰すのにも悪くないかもしれない。
 そう決めて、近場の自販機で冷たい飲み物を買うと、なのはは足早にその場を後にした。

            ◆    ◇    ◆

「はぁ、やっぱりここは静かだなぁ」

 そう言うと、なのははうん、と大きく伸びをする。
 なのはが訪れた場所。そこは市街地から少し離れた場所にある林のある公園。

 休日でも子供たちがいるような場所ではなく、デートスポットと言うには地味すぎて目立たない。
 そんな場所だが、木が多いおかげで日当たりも強すぎず、過ごしやすい。

 目的の場所は入り口から少し入ったところで、やや大きな木がある場所。
 その木がある場所まで近づいて行くと、ふと変なものが目にとまった。

 木の陰から人の足が覗いているではないか。
 殆ど人がいない場所なのに珍しいな、となのはは思う。

 同時にせっかく来たというのに、先客に自分のお気に入りの場所を占拠されていたことに溜め息を吐く。

 動かないところを見るとひょっとしたら眠っているのだろうか。
 もしかしたら、酔っ払いの類かなぁ、と思いつつも、万が一の事があってもいけない、とひとまず姿だけ確認してみることにした。

 あまり音を立てないようにゆっくりと近づいていく。
 すぐ側まで来て相手の顔を覗き込み、なのはは「へっ?」と自分でも分かる間抜けな声を上げた。

 何しろ、そこにいたのは全く予想もしていなかった人物。
 自分の幼馴染みである青年、ユーノ・スクライアだったから。
「……ユーノ君?」
 声を掛けてみるが、返事はない。
 というか、木に寄り掛かって、よく眠っている。

 木の根本にファーストフードの袋が転がっているところを見えた。
 更に彼の手には読みかけていたのだろう、本が収まったままだ。

 察するにここで食事して、読書をしている間に眠くなってそのまま寝てしまったのだろう。
「……今日、お休みだったんだ」
 それなら遠慮せずに連絡を取ってみれば良かった。
 ガクッと肩を落とし脱力して、ふと気がついた。何故、彼がここにいるのだろう、と。
「私、ユーノ君にも話してないよね……?」
 ここ最近、ユーノに会った時や連絡した時の事を思い出してみるが、この場所のことを話した記憶はない。
 なら何故、彼がここにいるのか?

 起こして理由を聞いてしまえば、簡単な話だが、せっかく眠っているのを起こすのも可哀相な話だ。

 仕方ない、と彼の隣に腰を降ろし、自身も木に寄り掛かる。
 隣で眠っている彼に顔を向けてみるが、あまりにも無防備なその寝顔に思わず苦笑した。
「…警戒心なさ過ぎだよ、ユーノ君」
 呆れたように息を吐いて、その無防備さにちょっと意地悪に鼻先をつついてやる。
 くすぐったいのか、うなり声を上げるユーノだったが、起きるような気配はない。
「……それにしても、また栄養考えてないなぁ」
 空になったファーストフードの袋の中を確認し、後でお説教が必要かな? と苦笑する。
 手に持っていた缶の口を開けると、ひとくち口を付けた。

 冷たさの残る缶を首筋に近づけたら、びっくりして飛び起きてくれるだろうなぁ、などとイタズラ心も浮かぶが、あまり見ることのない彼の寝顔を見るのも悪くなかった。

 ユーノの手からそっと本を抜き取り、開く。難しい書籍かと思っていたら、意外にも中身は冒険小説のようだ。
「ちょっと意外かな? こんな本読んでるの」
 考古学者で真面目な彼がこういった冒険小説を読むのは少し意外な気がした。
 それとも発掘を主とするスクライアだからだろうか。
 ひょっとしたら、こんな冒険をしながら発掘がしたいのかもしれない。
 パラパラとページを捲りながらそんなことを思う。

 何にせよ、暇つぶしには丁度良さそうだ。
「にしても幸せそうに寝てるなぁ……どんな夢見てるのかな?」
「ん……なの…は」
「え……?」
 不意に自分の名前を呼んだから、起きたのかと思った。
 が、どうやら寝言らしい。
「ユーノ君の夢に私が出てるって、何だか恥ずかしい……って、わわわっ!?」
 苦笑していると、ユーノの身体ががぐらりと揺れ、寄り掛かっていた木からずれだした。
 慌てて、地面に倒れ込まないように押さえ、もう一度、木に寄り掛からせようとしたところで手が止まった。
「……固い木にすがってるよりは良いよね」
 そう思いついて、そのまま、自分の膝を枕代わりに寝かせてやる。
 自分の膝の上で変わらず寝息を立てるユーノの寝顔を見下ろし、髪を撫でるとクスクスと笑い、なのはは本を読み始めるのだった。

            ◆    ◇    ◆

「……ん、んん……あれ…寝ちゃってたのか」
 少し日が傾いてきたかな、という位の時間が経った頃、ユーノはようやく目を覚ました。
 が、妙な感覚に気付く。

 木にすがって寝ていたはずなのに頭の後ろが柔らかい。
 ボンヤリする視界がハッキリするより前に、自分を見下ろすようにして、誰かのクスクスと笑う声が聞こえた。
「おはよう、ユーノ君。目は覚めた?」
「…………へっ?」
 次第にハッキリした視界に飛び込んできた人物の顔を見て、ユーノは思わず間の抜けた声を上げる。
「……なのは?」
「うん、なのはだよ?」

 何で、なのはがここにいるんだろう。
 上から覗き込むなのはの顔を見て、まだボンヤリする頭で考える。
 そのまま考えて、ふと気がついた。自分は今、何を枕にしているのか。
「うわっ!? ご、ごめん!? なのは!?」
 途端に意識は完全に覚醒し、慌てて飛び起きると、背中になのはの笑い声が掛かった。
「あははは、別に慌てることないのに」
「いや、慌てるって! 木にすがって寝てたはずなのに、起きてみたら人の膝枕で寝てるなんて!?」
 なのはの方へ振り返って、バクバクと高鳴る心臓を押さえながら、ユーノは苦笑した。
 読んでいた本を閉じ、なのはは楽しそうに笑う。

「それにしても……何でなのはがここにいるの?」
「……それはこっちの台詞なんだけど」
 質問したつもりが、質問で返されてしまい、ユーノは目をぱちくりとさせる。
「えーと……どういうこと?」
「この場所、私のお気に入りの場所なんだよ? まだ、誰にも言ってないんだけど……ユーノ君、何でこの場所を知ってたの?」
 なのはの言葉を受けて、ユーノはますます困惑する。
 自分が見つけたお気に入りの場所だと思っていたのに、なのはもまたこの場所がそうだと言うのだから。
「いや、ここ、僕も気に入ってる場所なんだけど……別に誰かに教えてもらったとかじゃなくて、たまたま見つけたんだよ」
「ユーノ君も?」
「うん」
 ユーノもまた、たまたま見つけたのだと言う。
 ふと、その理由が気になった。ひょっとしたらと思った。
 自分がこの場所を気に入った理由はあるたった一つの理由だけだ。

「ねぇ、ユーノ君。何でこの場所、気に入ったの?」
「ん? 別にたいした理由じゃないんだけどさ。えーと……」
「あ、待って、待って」
 口を開きかけたユーノの言葉を遮ってなのはが楽しそうに笑う。
「何?」
「私の理由もたいした理由じゃないかもしれないけど。同時に言わない?」
 なのはにそう言われて、一瞬、ユーノは首を傾げる。
 が、すぐに何かの結論にたどり着いた。ニッと笑うと黙って頷く。

『じゃ、せーの』
「初めてなのはと出会った場所に似てたから」
「初めてユーノ君と出会った場所に似てたから」
 同時に告げられたそれぞれの理由。
 互いの理由を聞いた後、一瞬の間を置いて、二人はどちらからともなく笑い出した。

「あはははは! やっぱり!!」
「ははは。やっぱり、なのはもそう感じてたんだ。初めてきた時、何となくだけど、この場所の雰囲気。海鳴のあの場所に似てる気がしたんだ」
「うん。私もそう思ってた。機会があったら、ユーノ君にも教えてあげるつもりだったけど……」
「僕もそのつもりだった。はは、何ていうか、偶然って、怖いね」
「あはは、そうだね……」
 ユーノはなのはの隣に腰を降ろすと、再び木に寄り掛かり、木陰から覗く空を見上げる。
「……あれから、結構経ったんだね」
「そうだね……」
「魔法と出会わなかったら、今頃なのはは何してたかな?」
「あははは。昔も言ったけど、会わないもしもは考えたくないなぁ」
 苦笑するなのはの声に顔を向け、ユーノはそっか、と答えて微笑む。
 ユーノの視線に照れくさそうに笑うと、今度はなのはが空を見上げた。
 つられて、ユーノもまた、空を見上げる。

「ねぇ、ユーノ君」
「何?」
 空を見上げたまま、話しかけるなのはの声に、やはり空を見上げたままユーノは答える。
「今度お休み取れたらさ。一度、海鳴に戻ってみようよ」
「あー、いいね。こことあの場所。一度、比べてみようか」
 そう言って、二人とも笑い出す。
 何というか、今日は暇な一日だった。
 だけど、退屈なままの一日にはならなかった。

 たまにはこんな日があっても良い。
 普段は離れていても、二人、どこかで繋がっているんだと実感できた気がするから。

 その日、日が暮れ始めるまで、二人はそのまま、色々なことを話したのだった。

                                      了

 余談。
 結局、帰り際にユーノはファーストフードのことでお説教を受けたことをここに記す。

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