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第97管理外世界地球。その中にある町。海鳴。
「…おーい、アルフー、起きてー……」
用事が無ければ、こちらへ出てくる事が珍しい青年――ユーノは一人、陽光の差すリビングで呟いた。
声を掛けられたのは彼の膝で眠っている子犬の姿をした友人の使い魔アルフ。
何故こんな事になったのか。それは数時間前まで遡る。
いつものように無限書庫でユーノのヘルプを行ってくれていたのだが、前日からの急な資料請求で泊まり込み、ほぼ徹夜状態となってしまったアルフ。
検索魔法と疲労、二つの責め苦に遭い、必要な資料が出そろった頃にはアルフはフラフラになっていた。
一人で帰れると言ったアルフだったが、見かねてユーノが付き添ってハラオウン家までやって来てたのだ。
彼女の主人であるフェイトは昼間のため、まだ学校。
他の家族もそれぞれに仕事中だった。
連れて来はしたものの、家には誰もおらず。
アルフはというと、帰り着いた途端にフラフラとした足取りで、暖かい陽射しの差し込む窓際に座り込み、その場で丸まってしまった。
隣に座って寝床で寝るように言って聞かせていたのだが、面倒だったのか、それとも良い寝床代わりと思ったのか。
ここでいいと眠そうな声で呟くと子犬へと姿を変え、ユーノの膝に乗っかってそのまま寝息を立て始めてしまったのだ。
このまま寝床まで連れて行けばいいのだろうけど、せっかく気持ちよさそうに眠っているのに、動いたりしたら、起こしてしまうかもしれない。
ユーノは仕方ないと苦笑しながら、アルフが起きるのを待つことにした。
そして、現在に至るというわけだ。
「ま、どうせ、今日はもう仕事もないし。のんびり待つさ」
今日は学校は昼までだそうだし、そろそろフェイトも帰ってくるはずだ。
アルフを連れてくる時、一応ハラオウン家にいくことはメールで伝えておいた。
アルフ以外の家族が出払っている状態で、勝手に家に上がっているという気まずさは少々あるのだけれど。
「……クロノには絶対に見られたくない光景だな」
「じゃあ、私なら問題ないよね?」
そんなことを考え、呟いた言葉と同時にリビングの扉が開く音が聞こえた。扉を押し開けて、入ってきた人物がユーノに声を掛ける。
「おかえり、お邪魔してるよ、フェイト」
「うん、ただいま」
ユーノが来ていることはあらかじめ、メールで連絡を受けていたので、特に驚くようなことはない。
まぁ、アルフがユーノの膝で眠っていたのは少しばかり予想外だったけれど。
微笑みながら、フェイトはユーノに返事を返す。
「ふふ、アルフ、よく眠ってるね。ユーノの膝、よっぽど寝心地良いんだ」
「送りに来て、枕代わりに使われるのは少々複雑なんだけどね」
スヤスヤと寝息を立てる子犬の姿はとても微笑ましいけれど。苦笑しながらユーノは自分の膝で眠るアルフは見る。
あまり大きな音を立てないように近づいてきて、フェイトはユーノの膝で眠るアルフをそっと覗き込む。
フェイトがチョンとアルフの鼻先をつつくと、アルフがくすぐったそうに前足でそれを払った。
クスクスと笑って、フェイトはアルフからユーノへと視線を移す。
「ユーノも疲れてるでしょ? 代わろうか?」
「いや、いいよ。僕なら大丈夫だし、時間もあるから」
「そう? ……なら、お願いしててもいいかな? あ、そうだ! ちょっと待ってて。何か出すから」
そう言うとフェイトはパタパタとキッチンへ走っていく。
フェイトはそういった事への気配りはしっかりしている。別に気を遣う必要はないのになあ、と思うけど。
「ユーノ、飲み物何が良い? 紅茶、コーヒー? ……それとも緑茶?」
「あー……うん。なら、紅茶もらえるかな」
「分かった」
最後だけ、躊躇いがちに訊いてくるフェイトの言葉に苦笑する。
何が言いたいのかは何となく分かるけど、別に自分はリンディのような甘党ではない。
確かにリンディに勧められて一度、試しに飲んでみたことはある。
割と普通に飲めてしまったので、飲んでいるところを見たフェイトたちから、何か奇異な物を見るような目を向けられたこともあった。
ボンヤリ考えながら、眠っているアルフを撫でてやる。触れていると柔らかな毛並みが気持ちいい。
「アルフの毛並み気持ちいいでしょ?」
フェイトがトレイに乗せた紅茶を持ってやってくる。
「うん……それに暖かいね」
「確かに暖かそうだね」
手渡された紅茶も、振り込む陽射しも、もちろん膝で眠るアルフも。
クスクス笑いながらユーノの言葉に同意すると、フェイトも紅茶を片手にユーノの横に座る。
他のものが傍にいたら、何となく緩やかに時間が流れている。というかもしれない。
場を支配しているのはそんな穏やかな空気。
「良いお天気だ」
「だね」
紅茶を一口啜って、フェイトが窓から差し込む陽射しを見上げて呟く。
ユーノも一口付けながらそれに同意する。
差し込む陽射しを感じながら、二人してカップに口を付けるのだった。
その後、しばらくフェイトと話していたのだが、結局、ユーノも眠気に負けてしまい、アルフを膝に抱いたまま、頭が船を漕ぐこととなった。
「ユーノー? おーい?」
ユーノの目の前で手の平を翳してみるが、反応がない。それどころか、規則正しい寝息が聞こえ始めていた。
やはり、暖かい飲み物、暖かい陽射し、暖かい動物の温もりと三種の神器の前には、いかなユーノといえども勝てないようで。
「もう……だから、疲れてないかって言ったのに」
ひとしきり苦笑して、何か掛ける物を持ってきてやろうと、立ち上がり掛けて、フェイトはふと思いついた。
ゴソゴソとポケットから携帯を取り出すと、カメラを起動してシャッターを切る。
「よし、よく撮れてる。後で、なのはたちにも送ろっと♪」
撮れた写真を見て、フェイトは満足げに頷く。
ユーノ本人が起きていたら、大慌てで止めに入るであろう事を口にしながら、フェイトは毛布を取りに部屋に向かうのだった。
なお、それから更に数時間のち。
次に帰ってきたリンディが、目撃したのは。
毛布を掛けられて眠っているユーノと、彼の膝の上で子犬になって、眠っているアルフ。
そして、彼の背にもたれるようにして眠っている娘だった。
了
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