「翡翠と烈火の鬼ごっこ」
 
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「ほぇ〜〜」
「ヴィヴィオ、また教導映像見てるの?」
「あ、なのはママ! フェイトママ! おかえりなさい!」

 機動六課のレクリエーションルーム。
 後ろから声を掛けられ、ヴィヴィオは振り返った。
 訓練を終えて、戻ってきたのだろう。
 なのはとフェイトが後ろから覗き込んでいた。

「ヴィヴィオも好きだねぇ。どれどれ? フェイトちゃんとシグナムさんの模擬戦?」
「うん! ふたりともすっごくはやくてかっこいいの!!」
 画面を覗き込んだフェイトが懐かしそうに笑う。
 記録映像の中で、所狭しと動き回るフェイトとシグナム。

「おもしろかった〜。つぎ〜!」
 映像が終わると、ヴィヴィオは次の映像を求めて端末を操作する。
 後ろで見ているなのはとフェイトは恥ずかしいのか、苦笑しているが特に止める事はしない。
 画面に別の記録映像が映し出される。

 対戦者の内、片方はシグナム。もう片方の人物は………。

「……あれ? ゆーのくん?」
 相対するようにシグナムの前に立っている青年にヴィヴィオが声を上げる。だが、自分が知る青年より、少しばかり年が幼かった。

「……これも懐かしいね。この映像、4年くらい前のだよ」
「そうだね。ユーノ君がまだ魔導師活動していたころの最後の方かな?」
 なのはとフェイトの二人が、懐かしむように画面を見る。
 そこでヴィヴィオが疑問の声を上げた。

「なのはママ、ゆーのくんって、つよいの?」
「ヴィヴィオはどう思う?」
 意地悪そうに笑うだけで、答えを出さないなのは。
 だからヴィヴィオは率直に感じた感想を述べた。

「ゆーのくん、やさしいけど、つよくないきがする」
 ユーノ本人が聞いたら、ガクリと肩を落とし項垂れている事だろう。
 娘の正直な感想になのはも苦笑する。

「そうだね。単純な戦闘力っていう意味でなら、ユーノはそんなに強くない。
誰かを守ったり、結界を張ったりするのが、ユーノの本分だから」
「じゃあ、これ、ゆーのくんのまけ?」
 フェイトのその言葉に、なら、この模擬戦の結果は分かり切ってしまう、とヴィヴィオは正直な感想を抱く。
 だが、なのはが口を開いた。

「さあ、どうかな?」
「ゆーのくん、シグナムふくたいちょうより、つよいの?」
「ふふ、見てれば分かるよ?」
 娘の疑問に頭を撫でてやりながら応え、画面を見るように促す。
 ヴィヴィオはどうなるのか興味津々で、画面を見るのだった。


「ちょ!? 何で、僕とシグナムさんが模擬戦するんだよ!?」
「不服か? スクライア」
「当たり前じゃないですか!! 勝負になるわけないでしょ!?」
 結界を張って欲しいと言うから、訓練室に来てみれば。いきなり自分と模擬戦しろと言われて、ユーノは寒気を覚えた。
 下手をすれば死ぬ、と。

 シグナムの横にいるフェイトに助けを求めるが、両手を合わせてゴメンと返されるだけ。
 本来、フェイトとシグナムが対戦するはずだったのだが、直前でバルディッシュが不調をきたし、急遽整備に回されたのだ。
 で、手持ちぶさたになったシグナムが結界張りの為に呼ばれていたユーノに目を付けたというわけだ。
 フェイトに薄情者と非難の目を向けてやるが、縮こまるだけで助け船は出してくれなさそうだ。

 がっくり項垂れると、今度は自分の隣にいたなのはを見て、助け船を求める。
 何か考えていたなのはだったが、ユーノとシグナムを見渡した後、口を開いた。

「うーんと。じゃあ、二人とも鬼ごっこなんてどう?」
「鬼ごっこ?」
 てっきり、助け船を出してくれると期待したユーノだったが、なのはの答えは全く違う物だった。
「どういうことだ?」
「シグナムさんとユーノ君じゃ、さすがに勝負になりませんから。模擬戦は模擬戦でも、ちょっとした勝負はどうかなって」
「ふむ」
 なのはの言葉にシグナムが頬に手を当てながら相づちを打つ。確かになのはの言うとおり、シグナムとユーノではあまりにも戦力差があり過ぎる。
「ルールはどちらかの戦闘不能、もしくは捕縛。または10分ユーノ君が逃げ切るか、ゴール地点まで逃げ切った場合でどうかな?」
「なるほど。逃走の追撃戦というわけか。10分で援軍が来る、もしくはゴール地点で味方と合流というわけだな。私は構わないぞ」
 何もぶつかり合いだけが模擬戦というわけではない。こういう趣向もまた訓練にはなるというものだ。
 シグナムが満足げに頷くのを見て、なのはは申し訳なさげにユーノのほうを見る。
「………というわけだけど、ユーノ君はどうかな?」
「異議はありまくりだけど……聞いてくれなさそうだね」

 言い出したなのはともかく、いくら嫌だといったところで聞いてくれるシグナムではない。
 観念するしかなかった。
 諦めたように溜め息を吐き、ユーノが私服からバリアジャケットへ換装する。

 ひとつ深呼吸して心を落ち着けると、空へと舞い上がった。
 シグナムが後を追うように上昇してくる。

「二人とも準備はいい?」

 二人が無言で頷く。

「それじゃ、模擬戦―――開始!!」


 開始の合図と共にユーノはすぐさまゴールを目指そうとする。いくら真っ向勝負ではないとはいえ、まともにやり合っていては命がいくつあっても足りない。

 幸い、ユーノはゴール側を背にしている。回り込まれる前に振り切ってしまえばいい。
 そう考えて一気に加速しようとしたのだが……。
「まさか、開始早々から逃げ切れるとは思ってはいまいな?」

 言うが早いかすぐに回り込まれていた。
「………手加減無しですか」
「手加減など戦う相手に失礼だろう? 捕縛などと甘い事は言わん。落とさせてもらうぞ!」
「この人、目がマジなんだけど……!?」

 シグナムが一気に間合いを詰め、レヴァンティンで斬り掛かる。
 ユーノは慌てて、ラウンドシールドを形成してその一撃を受け止める。

「さすがに堅いな!」
「それは……どうも!!」
「だが! これなら、どうだ!!」
 一撃を受け止められたシグナムが距離を空け、レヴァンティンの束からカートリッジが排莢される。
 刀身が炎を纏うと同時に、もう一度シグナムが斬り掛かる。

 ラウンドシールドで受け止めたとしても、打ち砕かれる。下で見ていたなのはとフェイトはそう思った。

 ラウンドシールドとレヴァンティンが接触する。
 本来なら、砕けるはずの翡翠の盾。だが、軋みを上げるだけで、砕ける様子は無かった。

「何!?」
 シグナムが驚嘆の声を上げる。その隙を狙って、ユーノがシールドを操作する。

 シールドの角度が変わり、掛かっている力点が変わる。擦らす形で刃がシールドの表面をすり抜けた。

 攻撃を反らされ、すれ違ったシグナムにユーノのバインドが飛んだ。
 シグナムが慌てて、迫ってきたバインドをかわすようにその場を飛び退く。

「………驚いたな。同時展開の応用か?」
「ええ」
 体勢を立て直しながら、炎が消えたレヴァンティンを一振りし、シグナムがユーノに問う。
 ユーノは頷き、その問いに答えた。

 ユーノがやったこと。
 それはラウンドシールドを2枚同時に発動し、前方に重ねての展開。2枚の盾の相乗効果で、増幅されたレヴァンティンの一撃を凌いで見せたのだ。

「なるほど。正面切って突破するのは少々骨が折れるな」
「………心にもない事を言わないでくださいよ」
「ふっ、さてな。一撃が無理なら、手数ならどうかな?」
 試すように笑うシグナムが言うと同時にレヴァンティンが可変する。連結刃へと姿を変えたレヴァンティンがユーノへと襲いかかった。
 多方から迫ろうとする無軌道の刃。だが、ユーノはそれを見て、ニッと笑った。

「それを待ってた!!」
 連結刃と化したレヴァンティンを振り抜いたところで、シグナムの周囲に数個の魔法陣が浮かぶ。
「遅延魔法<ディレイド>か!? いつの間に!?」
「いけっ!!」

 ユーノの言葉と共に遅延バインドが発動し、シグナムの両腕に絡みつく。
 持ち手が動きを止められた事で、勢いを失ったレヴァンティンの刃をシールドで受け止める。
 今の内だ、とばかりにユーノは一気に加速して、距離を取る。今度こそ、ゴールまで逃げ切るつもりだ。

「……倒すのは無理だけど、ユーノ。十分善戦してるよね………」
「というか、同時展開はともかく、シールドの重ね掛けなんて芸当よく思いつくよ。シグナムさんの十八番を防ぐなんて」
「斬りつけられた後で、力点ずらしてかわすなんて芸当もね」

 術式処理が速く、強固な盾を形成できるユーノだからこそ出来る芸当。さすがにあんなやり方で『紫電一閃』を防ぎきるとは思っていなかった。
 二人にはとても真似できるものではない。

「逃げ切れるかな、ユーノ?」
「多分、無理だと思うな。距離が空くならシグナムさんにはアレがあるし」
 そう言って、なのはがシグナムを見上げると、バインドを打ち砕き、次の動作に入ろうとしていた。

「レヴァンティン!」
『Jawohl!』
 カートリッジの排莢と同時にレヴァンティンが弓へと可変する。

「なかなか楽しめたよ。スクライア」
「なっ!? シュツルムファルケン!? 嘘っ!?」
 もう少しでゴール、というところで後ろに収束する魔力の反応に振り向いて、ユーノは目をむいた。

 ボーゲンフォルムになった、レヴァンティンをシグナムが構えている。烈火の将、最大の一撃をお見舞いしてくれるつもりらしい。

「お前にこれを受け止めることが出来るか?」
「くっ!?」
 慌てて反転して身構えるユーノと、彼を軸線に捉え引き絞った矢が解き放たれるのはほぼ同時だった。
「駈けよ! 隼!!」
『Sturm falken!!』

 裂帛の気合と共に撃ち放たれるシュツルムファルケン。
「ほらね……やりすぎだよ、シグナムさん」
 眉間に手を当て、なのはが唸る。
「これは決まった……かな」
「………でも、ないんじゃないかな?」
「なのは? ………そうだね。ユーノのあの目、諦めた目じゃない」

 なのはの言葉にユーノを見てみれば、ユーノの目に何かを感じた。
 まだ、何かやる。ユーノをよく知る二人はそう直感出来た。

(この距離じゃ回避は間に合わないな……ファルケンは直射系、魔力を宿した実態の矢だ。直線に飛ぶ……なら、この手はどうだ?)

 迫り来る魔法を目にしながらユーノは自分でも驚くほど冷静になっていた。
 冷静なのはいいが、あまりボケッとしていると走馬燈も見えてきそうだったが。
「終りだ。スクライア」
「終わるかどうかは……これを見て言って下さい!!」
 
 ファルケンの軸線上に二重構造のラウンドシールドが張られる。
 そんなものは無駄なあがきに過ぎない。だが妙だ。とシグナムは思った。
 ラウンドシールドは近距離に張るのが常だ。なのにユーノは軸線上に投げ出すようにシールドを展開した。

 バチン!!という鈍い音と共にファルケンがシールドへぶつかる。
 当然の事ながら、ラウンドシールドで防げるほど烈火の将の一撃は甘くない。すぐさま乾いた音を立てて、シールドは砕け散る。

「無駄なあが……何………?」
 言いかけて止めた。既にユーノが次の動きへと入っていたから。
「ラウンドシールド」

 静かなユーノの声。砕けたラウンドシールドのすぐ後ろにユーノは新たなラウンドシールドを形成した。

 二つ目のシールドにファルケンがぶつかる。が、これもまた砕け散る。

 そこでシグナムは自分の目を疑った。
 砕けたと思った次の瞬間にはユーノは新たなシールドを展開しているのだ。

 その全てが全て二重構造のままで、だ。
 無駄なあがき。もう、シグナムはそうは思わなかった。

 そう、シールドを貫きながら進むファルンも次々と張られるシールドへ威力を削がれ始めていた。
 接近してシュランゲフォルムで追い打ちを掛ける事も出来る、が。

「面白い」

 ユーノが防ぎきれるのか、見てみたくなった。ついには眼前にファルケンが近づく。

「このおっ!!」

 ユーノが吼えた。
 サークルプロテクションと同時にラウンドシールドが張られる。
 そこにファルケンがぶつかり爆散した。


「…………これで終りではないだろう、スクライア?」
「ええ、まだ終わってはいません。けど、終わりですよ」
「何?」

 煙が散る。直撃しなかったというだけで、ファルケンの爆炎でバリアジャケットもあちこち焼けこげている。
 だが、ユーノは確かに立っていた。それもゴールの目の前に。

「爆発の反動を利用して距離を稼いだか……やられたな」
 ユーノがその場を一歩動く。それで、模擬戦は終了だった。

「普通、ファルケンが来たら避けるか、同じクラスの攻撃で相殺するくらいしかないのに」
「攻撃で相殺なんて、なのはくらいしかそんな芸当出来ないよ。でもまさか……連続展開でシールド形成をして威力を相殺するなんて」

 下で見ていた二人はそれぞれ呆れかえっていた。
 確かに防壁を何枚も重ねれば、大砲だって防ぎようはある。
 が、今ユーノがやってのけたことはこの場にいる誰にも到底、真似出来ることではなかった。

 魔法の多重展開。
 それ自体はそこまで難しいことではない。問題はその速度だ。

 ファルケンが発射されてから爆散するまで5秒も掛かっていない。

 直線で飛ぶファルケンがぶつかるまでにユーノが展開したラウンドシールドの量。なのは達が目で追えた限りではおよそ7枚。

 一枚のシールドを張るのに一秒を切っている計算になる。デバイスの補助を使えば、なのは達にも瞬時の起動も可能だ。
 だが………。

「……フェイトちゃん、今の出来る?」
「二重構造って、時点で無理」
「正直、褒めていいのか、呆れていいのか……」
 下で見ていた二人は苦笑するしかないのだった。映像が終了し、なのはがヴィヴィオに声を掛ける。

「どうだった、ヴィヴィオ?」
「………」
「ヴィヴィオ?」
 惚けたように終了した画面を見るヴィヴィオになのはが前に回って顔を覗き込む。
 少しして顔をなのはの方に向けたヴィヴィオが口を開いた。
「……ゆーのくんって、すごいんだね。なのはママ」
「ふふ、そうだね。ママにはあんな真似は出来ないな」
「それと……かっこいいね、ゆーのくん」
 予想外のユーノの奮闘に驚嘆しているらしい。それ以上の感想は出てこなかった。

 二人がヴィヴィオの様子にクスクス笑っていると、後ろで扉が開く音が聞こえた。
 皆して振り返ってみれば、ユーノとシグナムがそこに立っていた。
「ああ、ここにいたんだ。頼まれた資料持ってきたよ」
「ありがとうね、ユーノ君」
「礼には及ばないよ、好きでやってる仕事だから。ヴィヴィオ……どうしたの?」

 入ってきてから、こちらをジッと見続けているヴィヴィオにユーノはたじろぐ。
「さっきまでユーノの模擬戦データ見てたんだよ」
「模擬戦って……いつの?」
「シグナムさんと鬼ごっこしたときのやつ」

 なのはの言葉にシグナムが顔を顰める。
 あれは敗北といえば、敗北だ。ベルカの騎士として、敗北は耐え難いのだろう。

「………スクライア」
「な、何でしょう? シグナムさん」
 シグナムのギラリと光る目に嫌な予感を覚えながら、ユーノは声を絞り出す。
「この後、時間は空いていると言っていたな。リターンマッチだ」

 ギギギと音を立て、二人に顔を向け助けを求めるが、二人とも諦めろと笑顔で首を横に振る。
 ヴィヴィオがキャッキャッと手を叩いてはしゃぐ。

 四面楚歌の中、ユーノは叫ぶのだった。

「勘弁してください!!」

 なお、この後の模擬戦でユーノが撃墜され、期待していたヴィヴィオに「かっこわるい」のひと言を言われ、軽く落ち込んだ事をここに記す。




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