「闇と桜と翡翠の想い」
 
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 ―――――――――暗い。

 文字通り、何もない空間。左右も、上下も、時間の感覚も何もない。
 自分が生きているのかという実感さえも分からなくなってくる。

「……どうして、ここにいるんだろう?」
 自問するように呟き、なのはは思い出す。
 とある次元犯罪者の男を追っていた際、追いつめられた男がロストロギアを発動させた。

 幸い判断が早かったため、しんがりを務めたなのはを除いた六課メンバーは無事逃げおおせていた。
 だが、最後に残ったなのはは逃げるタイミングを逸し、ロストロギアの発動に巻き込まれたのだ。

 封時結界型ロストロギア。

「脱出は……出来ない―――か」
 ただの封時結界なら問題はない。外部とのやり取りが出来ないだけだ。
 だが、この結界は違った。

 外部と内部、結界の『端』がとなる部分が無いのだ。
 通常の結界なら有効範囲がある。
 その『端』の部分に不可を掛けてやるか、構成点を狙えば、突き崩す事は出来る。


 だが、この結界にはそれがない。闇雲に魔力を放射して、破壊しようとしても全て空振りに終わる。
 しかも、この結界内部自体が魔力の結合を抑制してしまう。何度、結界の破壊を試みても全て結果は同じだった。

 上も下も分からず、飛んでいるのか、立っているのかすら分からない。
 結界に捕らわれてどのくらいの時間が経過したのかすら分からない。

「………怖い」
 自分はこんなに弱かっただろうか。

 ―――――そう思う。

 5m先も見えない。立っている感覚すら無い。一度墜ちたあの時、混濁する意識の中でこんな感覚を味わった。

 ―――――あの時と一緒だ。

「嫌っ!!」
 思わず叫んだ。叫ばずにはいられなかった。気を抜いてしまえば、闇の中から這い出た手に引きずり込まれる。
 そんな気がしてならなかったから。

『マスター』
「レイジングハート………」
 スタンバイモードへと戻し両手で握りしめているレイジングハートだけが、今、自分は生きているのだと実感させてくれていた。

「ユーノ君、フェイトちゃん、ヴィヴィオ、みんな………私、怖いよ………」
 レイジングハートを強く握り闇に飲まれまいと、必死に大切な仲間の名を呼び続けた。日頃なら決して人に見せる事のない涙を目に浮かべながら……。

◆       ◇      ◆


「なのはさんを救出する事は出来ないんですかっ!? このままなのはさんを見捨てる気なんですかっ!?」
「落ち着きなさい、スバル!!」

 発動したロストロギアから難を逃れた面々が外で救出策を練る。
 既に発動から12時間が経過している。業を煮やしたスバルが苛立ちを隠せずフェイトへと声を荒げた。
 慌ててティアナがスバルを止めに入る。

「………ごめんなさい。フェイトさん」
「いいよ、スバル。なのはが心配なのはみんな同じ。突入して助けられるなら今すぐにでもそうしたい」

 フェイトのその言葉。そう、それは内側にいるなのはと同じだった。
 突入して助ける事すら出来ない。そこに結界があっても干渉する事が出来ない。
 魔力で測れば、確かにそこにあるのに。突入するための外部と内部を繋ぐ入口となる『端』が無いのだ。

「シャマル、干渉は出来そう?」
「………難しいですね。解析しようにも外から一切、結界の構成が知覚できないんじゃ」
 フェイトの言葉に状況が起きてすぐに駆り出されたシャマルが苦々しげに告げる。
 補助を得意とするシャマルをもってしても、未だ結界への干渉が出来ないでいた。

「もう少し頑張って。はやてが応援を呼んでるから」
「分かっていますよ。私だってこんなところでなのはちゃんを死なせるつもりはありません。……導いてね。クラールヴィント」
『ja』
 フェイトの言に頷き、魔法陣を形成する。応援が来るまでに何としても、せめて結界の位置だけでも特定したかった。
「なのはさん………」

 焦りだけが皆に募り、スバルが力無く項垂れる。時間だけが過ぎていった。
 更に数時間が経過した頃、現場に六課の武装ヘリが到着する。

「遅くなってごめんな。状況はどないや? 何か動きはあったか?」
 ヘリから降り立ったはやてがフェイトへと声を掛ける。フェイトは力無く首を横に振った。
「そうか……」
「はやて。応援は………?」
「僕だよ」

 はやての後ろから聞き慣れた優しい声が聞こえる。
 ハニーブロンドの髪がヘリのローターが巻き起こす風になびく。
 翡翠の双眸を称える青年がヘリから降りてきた。

「ユーノ………」
「状況は……芳しくないようだね………」
「……うん………」
 現場の空気を見れば、一目瞭然だった。今回の任務で男が持っていたロストロギアについての資料はユーノが提供していた。
 元々は処刑用の魔導具だったらしい。

 一度、発動すれば発動体から離れ、周囲から内部を完全に隔離し、外部との接触が一切出来なくなる。
 外部でも、いずれは結界が『そこに存在した』ということすら、認識出来なくなってしまう。

 ――――自己消滅型のロストロギア。

 砂時計みたいなものだ、とユーノはこの結界をそう説明していた。
 上から下へ砂が流れ落ちるように次第に外側への接点が薄れて行き、内側の空間は無限大に拡がって行く。
 この任務にあたって、ユーノはこのロストロギアを絶対に発動させてはいけないと、六課へ伝えていた。
 この砂時計はひっくり返す事が出来ないから、と。だが、事態は最悪の結果を迎えてしまったようだ。

「すぐに解析にあたるよ」
「頼むな、ユーノ君。シャマル、ユーノ君に今までのデータ渡したげて」
「はい」
 渡されたデータを真剣な眼差しでブツブツ呟きながら、現状を確認していく。

「ゆーのくん………」
 不意に小さな声で名を呼ばれ、ズボンの裾を引っ張られた。
 見下ろしてみれば、なのはの娘、ヴィヴィオが不安げにこちらを見上げていた。
 なのはが巻き込まれた報を受け、いても立ってもいられず、無理矢理に付いてきてしまったのだ。
 目にはうっすらと涙が浮かんでいる。

「………なのはママ、だいじょうぶ?」
「……大丈夫だよ、ヴィヴィオ。きっと大丈夫だから」
「ほんと?」
「うん、本当だ。絶対にママは助けてみせるから。だから、安心してヴィヴィオ?」
 ヴィヴィオに目線を合わせて、しゃがみ込んで頭を撫でるユーノ。
 J・S事件後、なのはにユーノを紹介されたヴィヴィオはユーノの人柄にすぐ懐いていた。
 『きっと大丈夫』。あの事件の折、なのはに告げた事と同じ事をヴィヴィオにも言ってやる。
 張りつめた不安に耐えきれなくなったのか、それとも安心させてくれる人だからか、ヴィヴィオがユーノへと抱きつく。
 必死に泣きそうなのを堪えるために。

 ――――そう、きっと大丈夫。

 ポンポンとヴィヴィオの背中を優しく叩きながら、自分に言い聞かせるようにもう一度、心で呟く。

「フェイト、ヴィヴィオをお願い」
「うん」
 ヴィヴィオに離れるように言って聞かせ、探査の魔法陣を敷く。
 六課に提供していた資料の通り、知覚そのものは出来ても、突入する術が無い。

「……フェイト。なのはが巻き込まれてから何時間になる?」
「…………おおよそで16時間だよ……」
「あまり時間が無い……か」

 提供した資料では発動からおよそ24時間でいかなる方法をもってしても外部からの認識は不可能になるとあった。
 焦る気持ちを抑えつけ、何とか突入するための術を探そうとユーノは必死になった。
 だが、探査開始から4時間経過をしてもユーノは何もつかめなかった。

「あんな焦ってるユーノ…久しぶりだ………」
「……そうやね」
「そうなんですか?」

 ユーノを見守っている二人の言葉にスバルとティアナは疑問符を浮かべる。どう見ても落ち着いているようにしか見えないから。
「顔には出してないけどね……術式がいつもより相当荒いよ……」

 深く溜め息を吐くとフェイトが説明した。
 展開される魔法陣と術式、ふたりにしてみれば、かなりの精度を持っているようにしか見えない。
 だが、フェイト達に言わせれば、いつもの7割程度の精度しか出ていないと言う。

「せめて、時間があればなぁ………。私がもう少し、はよ動けたら、こんな事にはならせへんかった……!」
 握り込んだ右手を左手に打ち付け、はやてが歯噛みする。
 ただ、この場で見ているだけしかできない自分が腹立だしくてたまらない。ユーノの協力を本局に取り付けるのでさえ、時間が掛かりすぎていた。

 タイムリミットは残酷に近付いている。

「くそっ!!」
 さらに時間が経ち、ユーノは一度、探査魔法を止めた。らしくもない悪態が口を吐いて出る。
 呼吸を整え、自分の頬に手を打ち付け、気合いを込めると再度、魔法陣を敷き直す。
 探査範囲を広げるつもりらしい。

 後ろで見ているフェイトには効率が上がるとは思えなかった。

 焦りのあまり、更に構成が荒くなった術式から風が吹き荒れる。
 曝された風になびくユーノの後ろ髪。強い風に曝され、髪を留めていたリボンが解け宙に舞った。

 フェイトが「あ……」と声を上げるが集中するあまり、ユーノはそのことに気が付かない。
 地面へと落ちたリボンをフェイトは辛そうな表情で拾い上げた。

「フェイトちゃん?」
 はやての言葉に応えず、無言でリボンを握りしめると、フェイトはユーノ元へと歩み寄る。
 その後を何事かとヴィヴィオが付いていく。

 何をするのかとはやてが思った次の瞬間、フェイトは持っていたリボンでユーノの首を軽く締め上げた。
 情けない悲鳴と共に呼吸が詰まり、ユーノの術式が霧散する。
 はやてはフェイトの行動に一瞬、目を疑ったが何も言わなかった。

「何するんだよ!? フェイト!!」
「頭冷えた?」
 そう言って、首に巻いたリボンを解くとユーノへと見せつける。ユーノは軽く声を上げると確かめるように後ろ髪へと手をやった。

 なのはとユーノ、二人の絆の証とも言える翠のリボン。本来、そこにあるはずの物が無かった。
 術式が生んだ風で飛ばされたんだと気が付く。

「なのはが心配なのも時間が無いのも。そんなのは分かってるよ!だけど、今、あなたが冷静さを失ったら、なのはをどうやって助けるの!?」
「フェイト………」
「…………ユーノ、落ち着いて。いつものユーノらしくないよ」

 言われて、やっと気が付いた。タイムリミットが迫るあまり、焦ってとんでもない術式構築を行っていた。

「ゆーのくん………」
 呼びかける声と共に、フェイトの側にいたヴィヴィオがユーノの手を握る。
 小さな手から確かな温もりが伝わる。フェイトが真っ直ぐにユーノの顔を見る。
 その目は信じているからこそ。だから、落ち着いて欲しい。そう語っていた。

 自分を案じてくれる二人を交互に見て、ユーノは目を瞑ってひとつ深く息を吐く。
 もう一度、開かれたその目はいつものユーノの目。

「……ごめん。焦りすぎた」
 その瞳にフェイトが微笑みながら、リボンを差し出した。フェイトからリボンを受け取ると、ユーノは髪を結び直す。

 そこでふと気が付いた。

 ―――――――結ぶ物。

 向こうとこちらを結ぶ『物』。
 見えない結界の構成点に囚われるあまり、失念していた。

 ロストロギアの発動体。

「フェイト! この結界の発動体は!?」
「え!? 保管されてるけど……?」
「すぐ、持ってきて!!」
 分かったと言って、フェイトがその場から走り出す。数分経って、フェイトが封印を施したケースを持って戻ってくる。

「これがそうだけど……ユーノ、どうするの?」
「発動した結界に囚われるあまり、失念してたんだ! この発動体は使い捨てだ。だけど、発動体と結界で、まだ道が繋がっているかも知れない!」

 発動体を取り出すと、探査魔法を掛ける。
 もう発動済みで空っぽのはずなのに、確実にある違和感。ユーノの予想は的中していると確信出来た。

「やっぱり……! この発動体、まだ結界内部と繋がってる! 道がある! こいつから構成点を割り出せば! そうすれば、中にいるなのはに撃ち抜く場所を伝えられる!!」
「でも……なのはにどうやって伝えるの? 念話も通じない、中にも入れない。……無事かも分からないんだよ……?」
「なのはなら大丈夫だよ。なのはにはレイジングハートが付いてくれてる。入る方法だってある」

 なのはの無事はもちろん信じている。だが、入る方法があるというユーノの言葉にフェイトは耳を疑った。
「どういうこと……?」
「方法はあるんだよ。肉体で入る事は無理だけど、構成点さえ分かれば、そこへ精神をダイブさせられる」
「まさか!? 結界と精神をリンクさせるつもり!?」
「そのまさかだよ。もちろん、僕がやる」
「そんな!?」

 平然と言ってのけるユーノにフェイトが驚愕の声を上げる。
「馬鹿な事を言わないで下さい!? そんなことしたら、結界の情報量でユーノ君の脳が焼き切れちゃいますよ!?」
「そうや! そんな馬鹿な事、許可できへん……!!」
「なら、他に方法がある? 残された時間で取れる選択肢はこれだけだよ」

 シャマルとはやての声にユーノは落ち着いて応える。もう覚悟は決まっているのだから。
「だったら、私がやる!!」

 フェイトが名乗りを上げるが、ユーノは首を横に振ってそれに応える。
「駄目だよ、フェイト。今、シャマルさんが言っただろ? 脳が結界の情報量に耐えられないって」
「それはユーノも一緒でしょ!? 大体、潜ってもタイムリミットまでになのはを見つけられるの!?」
「確かに大丈夫だとは言えない。だけどね。ここにいるメンバーでそれが出来そうなのは僕だけだ。無限書庫の情報量との闘いは伊達じゃないんだよ」

 だから、僕がやる。そう告げるユーノの言葉。
 何を言おうと変える事の出来ないだろう決意の瞳。

 フェイトは何も出来ない自分の無力を呪いたかった。ここまで来て、後少しでなのはを助けられるというところまで来て、選べと言うのか。
 最悪、二人とも助からず、運が良くてもどちらかが犠牲になる可能性が高いこの提案を。

「心配しないでフェイト。賭けたっていい。絶対、なのはは助け出すよ」
 そう言って、ただ俯くことしか出来ないフェイトの肩に置かれるユーノの手。
「ユーノは……? なのはが助かっても、もしユーノが助からなかったらどうするの?」
「大丈夫だよ。なのはの無事を確認して伝えたら、すぐリンクを切ればいいんだから」
 フェイトの肩を軽く叩きながら、ユーノは苦笑する。それでもフェイトは何か言いたげに自分の肩に置かれたユーノの手を見た後、睨み付けるように顔を上げた。
 何を言ってもやると決めたら、なのはもユーノも退くことを知らない。だったら、自分に言えることはこれだけしかない。
「……失敗したら怒るよ! なのはもユーノも! 片方でも居なくなったら、私、一生二人を許さないよ! 約束だよ!」
「手厳しいね」
 泣きそうな声で捲し立てるフェイトにユーノは苦笑する。横で二人のやりとりを見ていたはやてが口を開いた。
「……どうせ、いくら言うても聞いてくれへんのやろね?」

 頭をガシガシ掻きながら、はやてが嘆息する。もちろん、とユーノは微笑みながら応えるだけだ。
 更に大きな溜め息を吐き、はやては諦めたような笑顔をユーノへ向けた。

「……ユーノ君。三つ約束しぃや。そしたら、許可したげるよ。
戻ってきたらひとつは始末書作成。もうひとつは上への報告書作成の手伝いする事」
「残りのひとつは?」
「言わんでも分かるやろ?」
 やるからには全部、掴み取れ。二人で帰ってこい。さもないと許さない。顔にハッキリと書いてあった。

「了解です。八神部隊長」
 一瞬、苦笑し、すぐに表情を引き締めると敬礼する。発動体を右手に持ち、術式を展開しようとした。

「ゆーのくん」
 ヴィヴィオがユーノの左手を握ってきた。
「ヴィヴィオ、ちょっと危ないから離れてて?」
 優しく諭すが、ヴィヴィオはイヤイヤと首を横に振る。

「だって……ゆーのくん、このままどこかにいっちゃいそうなの……だから、おてて、つないでちゃだめ?」
「……分かった。いいよ、繋いでても」
 泣きそうな顔で真剣に告げるヴィヴィオの言葉。微笑みかけるとしゃがみ込んで、ヴィヴィオと目線を合わせる。
 発動体を地面に置き、優しく頭を撫でてやる。

「心配はいらないよ。ママはきっと助けてみせるからね」
 手を繋いだヴィヴィオがこくりと頷くのを確認すると、ユーノは地面に置いた発動体に右手を重ねた。
 自身の魔力を流し込み、発動体と無理矢理に精神を繋ぐ。

 発動体と結界の『道』が繋がったのを確認すると、意識を結界へと潜らせる。ヴィヴィオが左手を握っているのを感じながら。

◆       ◇      ◆


 潜った途端に結界を構成する多量の情報量が頭の中へ浸入してきた。

(ぐっ!? な、何て情報量だ………!!)
 意識が入り込む情報量に塗りつぶされるような事があれば、それは心の死を意味する。
 だが、それでも止めるわけにはいかなかった。

 この中のどこかで孤独と戦っている彼女を見つけ出すまでは。
 精神に掛かる負荷などお構いなしだ。後で後遺症が出ようが、そんな事は知った事か。

 ただ、なのはの事だけを想う。この闇の中で戦っている彼女の事だけを。

(見つけた………!)
 例え、自身の精神が情報に喰われそうになっていても、見間違えようのない桜色の魔力光。
 それは間違いなく、自分の知る高町なのはのものだった。


「…………………」

 何も見えない暗闇。この闇に捕らわれてから、どのくらいの時間が経過したのだろうか。

 なのはは身を縮め、自分を励ますように明滅するレイジングハートをしっかりと胸元で抱き留める。
 闇の恐ろしさに負けないようになのはの周りには、いくつもの収束スフィアの灯りが浮かんでいた。

「ねぇ、レイジングハート………ここに来てから、どのくらい経ったかな?」
『…………………』
 告げる事を躊躇うように明滅するレイジングハート。そんな相棒の気遣いになのはは苦笑する。

「……ごめん。何となく分かってるんだ。もう、脱出できる時間無いんだよね?」
『諦めてはいけません。外ではきっと皆がマスターを待っています』
「うん。それも分かってる。だけど、もう………」

 状況は絶望的なのだ。
『もう………? そんな発言はマスターの言葉とは思えませんよ?』
「でも、色々やったけど………脱出の糸口も見つからないんだよ?」

 いつものなのはらしくない。相棒はそう告げてくれる。だが、なのはの心は限界だった。

『だから何だというのです。何も出来ないから諦めるというのですか!?』
「レイジングハート………?」
『諦めてしまって、あなたはユーノを。ハラオウン執務官を。そして、マスターヴィヴィオを泣かせるおつもりですか?きっと外であなたの帰りを待っている、あなたの大切な方達を悲しませるおつもりですか!?』
「!?」

 レイジングハートに語気も強く問われ、なのはは思う。

 ―――ユーノの泣き顔が浮かぶ。
 ―――フェイトの泣き顔が浮かぶ。
 ―――ヴィヴィオの泣き顔が浮かぶ。
 ―――皆の悲しむ顔が浮かぶ。

 嫌だ。大切な人たちの泣き顔など見たくない。

 そう。きっと皆は外で待っている。自分を助けようとしている。自分はこんなところで折れていいのか?
 良いわけが―――――ない。

 なら、自分が為すべき事はひとつだけだ。一度、目を瞑り呼吸を整える。

「……最後まで諦めない。そうだよね……レイジングハート」
『その意気です』
 主の瞳に光が戻ったのを感じ、レイジングハートは満足げに応える。
「諦めないなら、最後まで足掻かないとね。レイジングハート、エクシード行くよ」
『all right』

 レイジングハートをスタンバイモードからエクシードモードへ変形させる。

「スターライトブレイカーは撃てても後一発。この結界の特徴からして、構成点を破壊しないとどうにもならない」
 さて、どうやって構成点を探ったものか。そう思ったとき、遠くでひとつの光点が浮かび上がった。

「何だろう、あれ? 翠色の魔力光?」
 浮かんだ光を凝視するなのは。その光は見覚えのある魔力光に似ていた。
(―――は)
 不意に誰かが呼んだ気がした。

「誰?」
(――なのは! 聞こえるかい?)
「この声………」
 段々とハッキリと聞こえてくる声。間違いなく彼の声だ。

「ユーノ君? ユーノ君なの?」
(なのは、無事なんだね?)
「うん! レイジングハートも一緒だよ!」
(よかった―――)
「ユーノ君、今どこにいるの?」
 声は聞こえるのだが、なのはにはユーノの姿を確認する事が出来ない。
(結界の外だよ。今、結界にリンクして話してる)
「なっ!? 大丈夫なの!? そんなことして!?」
(はは。あんまり大丈夫じゃないね。さすがにキツイ)
「バカ!! どうしてそんな無茶するの!?」
(助けに来たのに、ご挨拶だなぁ)

 軽口と共に苦笑しているのが、分かるが明らかに辛そうな声だ。
 ユーノが今、どんな無茶をしているかはその方法を聞いただけで、何となく分かる。
 助けに来てくれたのは素直に嬉しい。だが喜びより、彼が自分のために無茶をしている事の方が許せなかった。

(お説教は後で受けるよ。時間が無い。今、光は見えてるよね?)
「うん……見えてるよ」
 なのはの見据える先、話している彼の魔力光と同じ翡翠色の光が確かにあった。
(そこが、この結界の構成点だ。後は言わなくても分かるよね?)
「全力全開でそこを撃ち抜け、だよね。分かりやすいよ」
『まったくです』

 実に分かりやすい答えになのはとレイジングハートは思わず苦笑する。
 いつだって、そうだ。ユーノは自分に的確かつ、分かりやすいアドバイスをしてくれる。

(はは。それじゃ、外で待ってるよ)
「ユーノ君」
(ん? 何?)
「ありがとう……来てくれて。それと、外に出たらお話聞かせてもらうからね!」
(うん、分かった)

 なのはがスターライトブレイカーの発射準備に入るのが見える。
(―――これで大丈夫かな)
 ユーノはその姿に安堵する。後は結界が消え去る前に自分がリンクを解くだけ。
 …………だが。

(―――さすがに無理っぽいな)
 ここまで保ったのが奇跡に近いと思った。
 潜って、ほんの数分程度だろうが、それだけの情報量が一気にユーノへと流れ込んだのだ。
 もはや、ユーノの意識は情報量に負け、消え去る寸前まで追い込まれていた。脱出は無理だな、とボンヤリし始めた意識で考える。

(―――約束破っちゃったな。怒るだろうなぁ、フェイトとはやて)
スターライトブレイカーが撃ち放たれるのが見えた。じきにこの結界は消え去るだろう。
 そうすれば、なのはは外に出られるはずだ。自分の意識も、もうじき消える。

(―――そういえば、なのはとも約束してたっけ)
 春になったら、ヴィヴィオの入学式を一緒に見てやって欲しい。そんな約束をしていた事を思い出す。
 約束破ったらヴィヴィオ、泣くよなぁ。そう考える。

『おてて、つないでちゃだめ?』
 浮かぶヴィヴィオの泣き顔。最後に聞いたヴィヴィオの声。
 薄れ混濁しはじめていた意識に刺激が走る。

(―――泣かしたら、いけないよね)
 ここにあるのは意識だけだ。感覚などあるはずもない。だが、ハッキリと感じた。
 結界の外で自分の左手を掴んでいるヴィヴィオの手。確かな温もりを感じる左手に力を込めた。

「ゆーのくん?」

 ヴィヴィオに名前を呼ばれた。

「あ、あれ?」
 ハッと気が付く。ユーノの意識は身体へと戻っていた。
「ユーノ、大丈夫!? なのはは!?」

 どうやら意識の離れた身体を支えてくれていたのだろう。すぐ隣でフェイトの声が聞こえた。
「……何とか、大丈夫みたい。なのはも……すぐ来るよ」
「魔力反応!? スターライトブレイカー来ます!!」

 頭を二、三度振り、フェイトに応える。クラールヴィントを展開していたシャマルが声を上げた。
「ほらね?」
 ユーノが苦笑すると同時に、空間に亀裂が入り、上空へ向かってスターライトブレイカーが撃ち抜かれた。
 脱出不可能と思われた結界が崩壊した。

 砕け散った結界の後に空中へと躍り出るなのはの姿があった。こちらへ振り向くと笑顔を向け降りてくるなのは。

 ユーノは立ち上がると手を伸ばし、なのはの手を取って地面に降り立たせようとして……。
 膝の力が抜けた。

 手を取られていたなのははユーノに引き倒される形になり、二人して地面に倒れ込む。

「ったた。もう、ユーノ君!! 手を取ってくれるなら最後までしっかりしてよ!」
「ご、ごめん……足に来てた。ははは………」
「もう、締まらないなぁ」
「なのはママ!!」

 ヴィヴィオがなのはの胸に飛びつく。
「ママ!! なのはママ!!」
「ただいま、ヴィヴィオ」

 胸の中で泣きじゃくるヴィヴィオの背を、なのははポンポンと優しく叩きながらあやす。
 その姿を見ながら、ユーノはボソリと呟いた。

「………助けに行ったつもりが、最後は……ヴィヴィオに助けられちゃったな」
「何か言った、ユーノ君?」
「いや、いい親子だなって………お帰り、なのは」
「うん、ただいま。ユーノ君」

 そう言って、微笑み合う二人。
「なのは! よかった、無事で………」
「ただいま、フェイトちゃん」
「なのはさん!!」
 フェイトがヴィヴィオごとなのはを抱きしめる。なのはの無事な姿を見て、スバルとティアナが慌てて駆け寄ってくる。

「寿命が縮まりそうでしたよ。今回は……」
「まったくやね。二人とも、帰ったら始末書と報告書たーっぷり書いてもらうからな」
 その姿を見ながら、はやてとシャマルは微笑みながら安堵の息を漏らすのだった。



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