「翡翠と虹の大喧嘩」
 
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「ユーノパパなんて、だいっきらい!!」

大声と共に通信が切れた。
近頃、怒り方が母親に似てきたなぁ。
可愛い娘の大嫌い発言に真っ白になりながら無限書庫司書長ユーノ・スクライアはそんなことを思う。

何の事は無い。
ユーノが忙しかったせいで、ヴィヴィオとなのはの約束に間に合わなかったのだ。

「…………ふ、ふふうふふふ。クロノ……今度直に会ったら書庫の未探査区域に放り込んであげるよ」

ショックで危ないセリフを呟くユーノに、そろそろあの提督を本気でとっちめてやらないといけないかも知れない、と司書達は真剣にそう思い始めるのだった。

◆◇◆

「ふんだ! ユーノパパやっぱりヴィヴィオよりおしごとのほうがだいじなんだ」
「ママはそんなことないと思うけどなぁ?」
『私もそう思いますよ? マスターヴィヴィオ』
「だって、これでよんかいめだよ! 『ほとけのかおもさんど』だよ!!」
「どこでそんな言葉覚えてきたのよ」

プリプリ怒る娘になのはは苦笑する。
自分も怒ったら昔はこうだった。

「だって、たのしみにしてたんだもん……」

そう、ヴィヴィオが怒るのも無理は無い。
休暇を利用して4人でキャンプに出掛ける事になっていた。
キャンプに行くに辺り、ヴィヴィオはユーノに新しくリュックサックを買ってもらったのだ。
とても気に入ったらしく、当日になるまでの間、何かにつけては家の中で背負ってはしゃいでいた。
そのリュックを背負って家族4人で楽しいキャンプ。

だったはずなのに、直前になって例によって真っ黒クロ介からの資料請求。

さしものユーノも今度すっぽかすとヴィヴィオに徹底的に嫌われると、必死になっていたのだが、結果はこの有り様であった。
もちろん、今回のキャンプはなのはも楽しみにしていたが、クロノの事情も解る故に強くは言えなかった。

結局、ヴィヴィオのご機嫌を取りながら、二人で先に行く事になってしまった。

「もう、ヴィヴィオ。ユーノ君、後から来てくれるって約束してくれたでしょ?」
「………もう、しらないもん」
『……やれやれ、後でマスターユーノが大変ですね』
「そう思うなら助け船出してよ」

相棒の言葉に苦笑しながらここまで機嫌を損なわれては、さすがにクロノに文句の一つも付けてやりたくなるなのはだった。

◆◇◆

「……お、終わった…………」

疲弊しきった顔で時計を確認するユーノ。
すでに昼時を過ぎていた。
ふぅ、と溜め息を吐く。なのは達はもう向こうに着いているだろうか。
転送許可を取って追いかけるにしてもヴィヴィオの機嫌を直す事を考えると頭が痛かった。

「今度ばかりはそう簡単には許してくれないよねぇ………」

頭を抱えていると通信が入った。
なのはかと期待して確認してみれば、相手はヴィヴィオのお怒りを作ってくれた元凶。

『……なあ、ユーノ。僕はきみに殺されそうになるような事をしたか?』

通信に出るなり思い切り、それも殺意すら見える視線で睨み付けてきたユーノにたじろぐクロノ。
視線で人が死ぬならクロノはすでに数回は死んでいるだろう。
それだけの迫力が今のユーノにはあった。

「そうだね、とりあえずヴィヴィオを盛大に怒らせてくれたよ……? 一緒にキャンプ行く予定だったんだよ? あの子がどれだけ楽しみにしてたか解る? これからあの子が笑ってくれるまでどれだけ掛かると思う? ねぇ? ねえ? ふ、ふふふふふ………」
『………わ、分かった。僕が悪かった。だから頼む。その目は止めてくれ』
「はぁ……はい、これ」

言うと同時にデータを転送する。

『確認した。すまない………助かった』
「次は無いからね………? じゃないと、書庫謹製お仕置き『未探査区域へご案内』だから」
『……それだけは勘弁してくれ。………今回は悪かったな、ユーノ。ヴィヴィオには今度、お詫びするよ』

自分も親だから分かる事がある。そういう理由ならヴィヴィオが怒るのも無理はない。
約束してそれを破ってしまった時、泣きながら怒る子供たちの顔。
それを見て阿修羅と化してこちらを睨む妻。
どちらも見たくない光景だった。
身震いした後、クロノはバツが悪そうに笑う。

「仕方ないのも分かってるさ。あの子だって、根っこでは分かってくれてると思う。
だけど、こういう時は少し量減らして欲しいな」
『出来るだけ善処はしてるさ。そうでないときみよりなのはとフェイトが怖い』

半眼を向けられながら、苦笑するクロノ。

「ぜひ、そうして………じゃあ、切るよ。……一応、頑張って」
『………励まされると返って寒気がするな』
「クロノ……次会ったら放り込んであげるから」

そう言って画面を切った。
たまに人が応援してやればこれだ。

「………さて! 可愛い聖王様のお顔を伺いに行きますか」

そう言って二人を追いかけるためにユーノは無限書庫を後にした。

◆◇◆

「さて、これで準備よし!」

川沿いのキャンプ地ではなのはがテントを張る準備を行なっていた。
ユーノから後少ししたらいけると思うと連絡があり、
ひとまずそこまでは準備していようという事になったのだ。

「ヴィヴィオ、手伝って」
「やっ!」

プイと顔を背けるヴィヴィオ。
ご機嫌はまだ直っていないようだ。

「いつまでむくれてるの? ユーノ君もうすぐ来てくれるんだよ?」
「しらないもん!」
「あ、こら、ヴィヴィオ!!」

そう言って、森の中へと駈けだしてしまう。
なのはが制止するより前にヴィヴィオの姿は森の中へと消えてしまった。
ユーノが買ってくれたリュックを背負ったまま。

「……困ったなあ」
「やっぱり機嫌直ってないね……」

苦笑し、嘆息しながら、腕を組むなのは。
ふと聞こえた声に振り返れば、苦笑するユーノがそこに立っていた。

「……この場合、遅かったねと早かったね、どっちなんだろ?」
「勘弁してよ、なのは………」
『この場合はむしろ、マスターも「遅い!」と怒るところでしょう』
「なるほど、それじゃそうしよっか?」
「ホントに勘弁してよ、二人ともッッ!?」
「ゴメンゴメン。それより着いて早々で悪いんだけど、テント張りお願いしていいかな?」
「………はいはい、仰せのままに」
「『返事は一回』」
「………はい」

ヴィヴィオに嫌われるわ、なのは達には弄られるわ、泣きたくなるユーノだった。
テント張りを終え、簡易だが竃を設置して料理の支度を始めたなのは。
その頃になってもヴィヴィオは戻ってくる気配を見せなかった。

「遅いなぁ……この辺は安全とはいえ、どこまで行っちゃったんだろ? まさか、怪我してるんじゃ……!」
『マスター、エリアサーチしますか?』
「お願い、レイジングハート」

さすがに帰ってこない娘に心配を隠せなくなってきたのか、なのははレイジングハートの提案に支度していた手を止め、直ぐさま魔法を起動させようとする。
そんな姿にユーノが苦笑しながら立ち上がった。

「僕が探してくるよ」
「ユーノ君、なら私も………!」
「なのはは食事の支度頼めないかな? きっと帰ってくる頃にはヴィヴィオ、お腹空かせてるだろうからさ」
「でも………」
「大丈夫だから、ねっ?」
「……そうだね、分かった!」

帰ってきたヴィヴィオが誰も居ないことにショックを受けるようなことはしたくない。
二人で探しに出て、入れ違ってしまう恐れを懸念しているのは言わなくても分かった。
ユーノは優しく微笑むと森の中へと姿を消した。

「………さって、それじゃご期待に添えるよう頑張りますか!」

二人で笑いながら帰ってくる事を信じてなのはは食事の支度へと取りかかるのだった。

◆◇◆

一方、ご機嫌斜めのヴィヴィオはというと……。未だ森の中をブラブラと歩き続けていた。

「……わかってるもん。ユーノパパのおしごと、たいせつなおしごとなんだって……」

でも、ユーノは約束してくれたのだ。
4人でキャンプへ行こうって。

「……わかってるもん」

謝らなければ。
恐らくもうユーノが到着しているだろうという事も分かっていた。
だが、どういう顔をして謝ればいいのかヴィヴィオには分からなかった。
だからこうして、ブラブラしていた。

「アン! アン!」

その時、ふと奥の方から動物の鳴き声が聞こえてきた。

「………なんだろ? わんちゃんのこえだ」

鳴き声のする方へ言ってみると、そこは崖になっていた。
崖の下方から聞こえた声にヒョイと顔を覗かせてみれば、途中にある窪みに山犬の子供がいた。

「どーしたの? おちちゃったの?」

何が原因で落ちたのかはヴィヴィオには分からないが、登れないのだろうということはすぐ分かった。

「えと、ちょっとまっててね!」

子犬にひと声掛けると辺りをキョロキョロと見回し、持っている物を確認する。
辺りに使えそうな物は無い。
持っている物と言えば、背負ってきたリュックくらいの物だ。
こういう時、なのはママのように空を飛べたらと思う。
だが、無い物ねだりしていても始まらない。

「どうしよう……」

なのはたちを呼んでくれば事足りることだったが、ユーノの困っている顔を見たくなかった。
考えた末、意を決してヴィヴィオは崖を下りることにする。

「うー……いま、いくから……きゃう!?」

が、一歩踏み出した途端、案の定落っこちた。
背中から落ちたが、幸いリュックがクッションになり怪我は無かった。
だが、痛いものは痛い。

「ふぇ………」
「アン! アン!」

泣きそうになるが、子犬の声に何とか踏みとどまった。
見れば、すぐ近くに子犬がいた。
目に浮かんだ涙を拭い、子犬へ声を掛ける。

「だいじょーぶ?」
「ウゥゥゥ! アン!」

むろん、大丈夫ではないのはどう見てもヴィヴィオの方である。
相手は子犬とはいえ、野生の山犬。
危険が無いわけではない。
おまけに無謀にも助けようとして、自分も落っこちたのだ。

「ヴィヴィオこわくないよ? おいで?」

おいでおいでと手を振るヴィヴィオ。
当然、子犬は警戒するのだが、ヴィヴィオも無理には近付かなかった。

「おいで?」
「ウゥゥゥ………」

やがて警戒心を解いたのか、ソロソロと子犬がヴィヴィオの元へやってくる。
近付いてきた子犬に恐る恐る手を差し伸べる。子犬がペロッと差し出した手を舐めた。

「かわいー、ちっちゃなざふぃーらみたい!」
「クゥ……」
「えと……、けがはしてないみたいだね。ちょっとまってね」

背負っていたリュックを降ろすとゴソゴソと中を探る。
取り出したのはクッキーの入った袋だった。
おやつにということで、なのはが作って持たせていた物だった。

「あやや……」

袋を開けてみるが、やはり落ちた時のショックで殆ど割れてしまっていた。
だが、気を取り直しクッキーをつまむと子犬へと差し出した。

「おなかすいてない? あい!」

子犬がクッキーの匂いを嗅ぐ。
少し躊躇った後、パクリとヴィヴィオの指からクッキーを頬ばった。

「おいしい? えへへ、なのはママのおかし、とってもおいしーんだよ?」

そう言ってヴィヴィオはクッキーをもう一枚子犬へと差し出した。
今度は子犬の方も警戒することなくすぐに頬ばった。
その子犬にニコニコしながらヴィヴィオもまたクッキーを頬ばる。

置かれた状況とは裏腹に穏やかな時間が過ぎていった。

袋が空になった後、ヴィヴィオはどうやってこの崖を登るかを考え始める。
抱きかかえていては両手が塞がってしまい、登ることすら出来ない。
思いついたのは背負っているリュックに子犬を入れて背負うということだった。

「えと、ね。このなかにはいって?」
「クゥ……」

大分慣れてきたのか、子犬はヴィヴィオのいうことをすぐ聞いてくれた。
子犬が入ったリュックを背負うとヴィヴィオは腕まくりをして崖を登り始めた。

だが、やはり子供の体格では登るなどそう簡単にはいかない。
おまけに強い風が吹いており、ヴィヴィオが登るのを更に邪魔する。
登っては落っこち、登っては落っこちを繰り返す。
泥だらけスリキズだらけになりながら、それでもヴィヴィオは泣いたりしなかった。

今、自分は護るべき者を背負っているから。
大好きな両親ならこんな時、きっと泣き言を言わないから。
ヴィヴィオは懸命によじ登った。

何とか後少しというところまで来たところで、上から鳴き声が響いた。
見上げてみれば、大人の山犬がこちらに向かって吠えていた。

「アン!」
「あなたのパパ? さがしにきてくれたんだね」
「アン!」
「……いいなぁ、パパがさがしにきてくれて。……ヴィヴィオのパパ、たぶんきてくれないもん」

親犬の鳴き声に子犬が吠え返す。
オスかメスかは分からなかったが、直感的にヴィヴィオはそう言っていた。


「うー……もうすこしだけど。ねぇ、ここからうえまでじゃんぷできる?」
「アン!」
「えへへ、なら、ヴィヴィオのあたまのうえからとんでいいよ?」
「クゥ……」
「ヴィヴィオはだいじょうぶだから」
「アン!」
「えへへへ」

子犬はヴィヴィオの顔をペロッと舐めると、
ソロソロとリュックから這い出てヴィヴィオの頭へと上がる。

「とんで!」

ヴィヴィオの声と共に子犬はジャンプした。
何とか崖上に足が引っかかったが、すぐズリ落ちそうになる。
あぶない、と声を出しそうになった。
が、子犬が落ちるより前に親犬が子犬をくわえ拾い上げた。

「アン!」

地面に降ろされた子犬が顔を覗かせる。

「えへへ、よかったぁ。パパとあえたね」
「アン!」
「うん、ヴィヴィオもがんばるね」

そういって、ヴィヴィオは一歩また一歩と崖を登った。
上から声を掛けてくる子犬に笑顔を向けながら。

が、後少し、ほんの少しというところで、思いがけない突風が吹き込んだ。

「きゃぁ!?」

受けた風にバランスを崩し、手が離れてしまう。
落ちるんだ、と分かった。

「アン! アン!」
「やだょぅ……」

子犬が叫ぶのが聞こえる。
ギュッと目を閉じる。両親の顔が浮かんだ。


風が煽ったのだ、今度は窪みに落ちるでは済まない。
ヴィヴィオは崖下へ真っ逆さまに落ちる。


……はず、だった。

落下する浮遊感が急に消えた。
それどころか、誰かに抱きかかえられている感覚がある。

恐る恐る目を開けてみる。
そこに居たのは翡翠の瞳を称える大好きな優しい人。
大嫌いと言って困らせてしまった人。
来てくれないと思っていた人。

だけど、いつもと同じ微笑みを向けながら、その人は自分を抱きかかえてくれていた。

「ユー…ノ……パパ」

かすれた声を絞り出す。

「うん」
「パパ! ユーノパパァ!!」
「遅くなってゴメンね、ヴィヴィオ」

途端に目から涙が溢れる。
精一杯の力でヴィヴィオはユーノに抱きついた。

「ごめんなさい! ごめんなさい!! だいきらいっていってごめんなさい!!」

それしか思いつかなかった。他に謝る言葉なんて無かった。
ひたすらごめんなさいと繰り返すヴィヴィオ。
その背中を優しく撫でてやりながら、ユーノはうん、うん、と優しく応え続けた。

「アン!」

地面へと降り立った二人に子犬が吠える。
隣には親犬の姿があった。

「ウォン!」
「アン!」

親犬が一声吠え、踵を返して森の中へと姿を消す。
もう一度だけ、子犬は吠えると親の姿を追って森へと入っていった。

「えへへ、よかったぁ。あのこ、ここからおちちゃってたの」
「だから、助けるために崖を降りたのかい?」

声に顔を上げると、ユーノは少しだけ怒った顔をしていた。

「ごめんなさい……」
「ヴィヴィオ」

怒られる、そう思った。
が、ユーノは怒らなかった。代わりにヴィヴィオの頭を優しく撫でる。

「本当は怒りたい……だけど、頑張ったね………」
「ユーノパパ……」
「あの子を助けたかったんだよね?」

ユーノの言葉にコクリとヴィヴィオは頷く。

「だったらパパは怒らない。だけどね、ヴィヴィオ。これだけは覚えておいてね。頑張るのは良いことだ。けれど頑張るのと無茶をするのは違うんだよ」

ユーノが来てくれなければ、自分は下手をすれば死んでいたのだ。
そうなったら二人がどれだけ悲しむか。
大好きな二人の悲しむ顔なんて見たくなかった。

「次からは、こんな時は僕かなのはを呼ぶこと。約束できるね?」
「ごめんなさい……ユーノパパ。ありがとう……きてくれて」

謝罪と同時にヴィヴィオはギュッとユーノに抱きついた。

「……せっかくのリュック、ボロボロになっちゃったね。今度、新しいの買い直しに行こうか?」
「ううん! ヴィヴィオこれがいい! これでいいの!!」
「そっか……。なら、帰ったらなのはに直してもらおうね」
「あい!」
「さあ、帰ろうか。なのはがおいしいご飯を作って待ってるよ」
「えへへ、ユーノパパ」
「何だい?」
「だいすきだよ!」

ユーノはその言葉に優しく微笑みを返し、手を繋いで二人は帰途へと着くのだった。

◆◇◆

「うぅ〜! 二人とも遅すぎる………」

食事の支度を終え、なのははテントの側で一向に帰ってこない二人を心配しウロウロし続けていた。

『マスター……落ち着いて下さい』
「だって〜」
『やれやれ』
「やっぱり私も………!」
「なのはママ〜〜!!

娘の声にすぐさま振り向く。
笑顔で仲良く手を繋いでこちらへ向かってくる二人の姿が目に入った。
ヴィヴィオが元気よく手を振っている。

その姿にホッとする。

ヴィヴィオが泥だらけなところを見ると何かあったのだろうとは思う。
だが、二人で無事に帰ってきたのだ。
問いつめるのは後で良い。

「ねぇ、レイジングハート。こういう時は『遅い!』って、怒っても良いよね?」
『……ふふ、そうですね』

取り戻した余裕と共にクスクスと意地悪く笑いながら相棒へ声を掛ける。
レイジングハートもまた、苦笑しながら賛同するのだった。

「せ〜の、『二人とも遅ーーい!!』」

その後、怒られた二人の「ごめんなさーい!!」という声が森の中に響き渡ったのは言うまでもない。





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