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「……ユーノ、良い度胸だね?」
「そっちこそ」
無限書庫の一角。
剣呑な雰囲気を漂わせつつ、口論する一組の男女。
互いに一歩も譲ろうとしない。
剣呑な雰囲気に司書たちが何事かとそちらに首を向ける。
「ユーノ……私いつも言ってるよね? 生活習慣だけは改めてって」
「忙しいんだよ。仕方ないじゃないか」
「身体壊したら元も子もないでしょ!」
「そうは言っても、そもそも忙しい原因はそっちにもあるじゃないか!!」
「クロノのせいなのは分かるけど、だからって無茶してたら意味無いでしょ!?」
「大体、フェイトはどうなんだよ!? 僕に生活習慣直せって言って、自分だって無理してるくせに!!」
バチバチと火花すら散りそうな空気。
もしかするとフェイトの周りには実際に舞っているかもしれないが。
目の当たりにした司書たちが、巻き添えを避けるために散るように退散していく。
「……分かった、もう知らない。勝手にしたらいいよ!!」
やがて、我慢の限界を超えたのか、こめかみに青筋すら見えそうな雰囲気のフェイトからそんな言葉が漏れた。
乱暴に踵を返すと、あっという間に入り口の方へ飛んでいってしまう。
書庫の外へと出て、ズカズカと出て行くフェイトにユーノは思わず溜め息を吐く。
「……はぁ、やっちゃったなぁ………」
せっかく心配してくれた幼馴染みに、彼女が最も気にしているひとことを言ってしまったのはまずかった。
おまけに彼女を怒らせたり泣かしたりすれば、真っ黒クロ助からの依頼にも悪意ある追加が増えることもある。
もっともそれは大抵の場合、彼女の預かり知らぬ処でのことであり、後で知った彼女が義兄の頭を冷やすことになるというお決まりのパターンでもあるのだが。
「さて、どうしたもんかなぁ」
フェイトもあれで一度ヘソを曲げるとなかなか機嫌を直してくれない。
何よりそのことがなのはに知れると、二人してヘソを曲げてくれるのだ。
近頃はそれにヴィヴィオも加わってしまい、尚のこと頭を悩ませることが多かった。
そもそも、きちんと休息を取るようにすれば、心配を掛けることもないのだが……。
どう詫びたものか、ひとまずは頭の片隅に置きながら、検索を再開するのだった。
◆◇◆
「………やっちゃったなぁ…………」
怒りにまかせて飛び出してきたものの、直ぐさま頭は冷静に判断していた。
ユーノが無理していることを危惧しているなのはとヴィヴィオの為にと思ってのことだ。だが、返って拗らせてしまったかもしれない。
柔和な外見と違い、ユーノがかなりの頑固者な事は周知の事実。
だからこそフェイトはあの手この手を使い、ユーノの生活習慣を改善しようと試みてきたのだが……。
「全く、あんの頑固者は………倒れても知らないぞ、本当に……! 自分が倒れたら、誰が一番心配するか本当に分かってるのかな……」
「ん……? フェイト、どうした。不機嫌な顔して」
廊下を歩く背に掛けられた声。
振り返ってみれば、大切な幼なじみの生活習慣を悪くしている元凶の一人がそこにいた。
「………僕が何かしたか? そんな怖い顔で睨まれる様なことをした記憶はないんだが……」
「無限書庫」
タップリと皮肉を込めて、黒ずくめの義兄にそれだけ言ってやる。
案の定、クロノは乾いた笑いを浮かべて言葉を失ってくれた。
「……済まないとは思ってるよ。あいつに無茶をさせてることも理解してる」
「………分かってるけどね。クロノがユーノを頼りにしてるのは………」
「むっ。別にあいつが頼りなんじゃなくて、あいつの能力が、優秀だからであってだな」
子供じみた言い訳を始めるクロノに半眼を向ける。
ひとこと呻くと、シュルシュルと縮み始めた。
「大体、僕だけに限った話じゃないんだがな」
何とか、こちらに向かう非難の矛先を変えようとクロノはそれだけは切り出す。
その言葉にフェイトは盛大に溜め息を吐いた。
そう、それも分かっている。
大半はクロノに原因があるが、それを除いてもユーノは他所からの頼みを断らない。
それ故のオーバーワークだ。
「あー、もう! どうしよう……」
「あのフェレットもどきめ。フェイトを悩ませるとは良い度胸だ。請求量ふやしてや……」
「クロノ、少し髪型変えてみる? アフロなんてどう?」
「………エンリョシマス、フェイトサン」
「遠慮はいらないよ?」
ボソリと言ったクロノだったが、それでもフェイトの耳は聞き逃さなかった。
静電気を帯びた手で頭を鷲掴みにする。
半泣きで遠慮するクロノだったが、ひとまず髪型は変えておいた。
これでしばらく通信にも出られないだろう。資料請求も減るはずだ。
断末魔も聞こえた気がするけれど、気のせいだろう。
「何にしても、ユーノ頑張りすぎだよ」
ユーノ自身がオーバーワークを止めるつもりが無いのなら、せめてストレスだけでも発散させられればいいのだが……。
フェイトは自分が先ほど行った事を省みて、どう見ても逆効果でしかなかった事に頭を抱えるしかないのだった。
◆◇◆
それから数日、フェイトは何とか謝ろうと思い、暇を見て無限書庫の様子を窺うのだったが、顔を合わせれば、売り言葉に買い言葉で怒鳴りあいになってしまう日々が続いていた。
なら、近付かなければいいのだろうが、だからといって、遠目に見ていてもやはり無茶が気になって、結局近付いて、怒鳴りあい。
端から見てみれば、自分の行動は思い切りユーノの妨害でしかなかった。
先程も謝ろうと声を掛けたら、「毎日毎日、執務官って暇なんだね」とひとこと言ってくれたものだから、即着火した。
言うだけ言って書庫を飛び出してきてしまい、自己嫌悪の真っ最中だった。
だが、言われた事を思い出すと、余計にムカムカしてくる。
「………どうしたら、いいのかなぁ」
「フェイトママ、どうしたの?」
そんな不機嫌な顔で書庫付近でウロウロと歩いていると、声を掛けられた。
自分をそう呼ぶのは限られている。
振り向いてみれば、やはりそこにいたのはヴィヴィオだった。
いつものようになのはとの待ち合わせのために、書庫へ来たのだろう。
「フェイトママ、ユーノパパとけんかしたってホント?」
「………うん」
何と声を掛けていいか、迷っているとヴィヴィオの方が先に話題を切り出してきた。
ジッと見つめられては素直に頷くしかなかった。
「ユーノから聞いたの?」
「うん……」
「そっか」
近くのベンチに腰掛け、ヴィヴィオが何故、喧嘩の事を知っているのか訊いた。
大方は訊かずとも解ることではあったが、やはりユーノ本人から聞いたようだった。
「ユーノパパ、あやまりたいって、いってたよ?」
「それはこっちもなんだけどね……」
「じゃあ、ふたりでごめんなさいして!」
無垢な瞳をこちらに向けながら、そう告げるヴィヴィオ。
ヴィヴィオの頭を優しく撫でながら、フェイトは苦笑するしかなかった。
「ホントなら、すぐそうしないといけないんだけどね。ユーノも私もね。喧嘩すると、どうしても意地っ張りになっちゃうんだ」
似たもの同士だから、かな。
そう返すフェイトの言葉にヴィヴィオは目に涙を浮かべる。
大好きな二人が喧嘩している姿など、見たくないのだから。
フェイトだって、ママと呼んでくれる娘の泣き顔など見たくない。
ギュッと抱きしめると、ゴメンねと囁く。
「必ず仲直りはするから。もう少しだけ我慢して、ね?」
「うー……ぜったいだよ。やくそくだよ、フェイトママ!」
「うん、約束だ」
微笑みながら、抱きしめる腕に力を込める。
ヴィヴィオはそれに安心したのか、フェイトの胸に顔を埋めると「えへへ」と呟くのだった。
◆◇◆
「……また、やっちゃった………ホント最低だね、僕は」
謝るチャンスと思ったのに。
せっかくやって来てくれたフェイトにまた至らぬ事を言ってしまった。
それに対して、フェイトが「そうだね。私は『仕事だけは出来る司書長』さんとは違いますから。暇なんだよ」などと皮肉ってくれたものだから、もう止まらなかった。
ホント、どうしようもないな。
苦笑しながら、ユーノは検索を進める。
フェイトと喧嘩するといつもこうだ。
やっぱり、似たもの同士なのかな?
マルチタスクでボンヤリ考えながら、作業を進めていると部下が来客だと告げてきた。
もしかして、フェイトが戻ってきたのかと振り向いてみると。
ある意味、今一番会いたくない顔がそこに立っていた。
「ユーノ君、ちょっとお話聞かせてもらえるかな?」
いつもと変わらぬ笑顔が返って怖い。
絶対、怒っていらっしゃる。
見た目は笑顔、中身は……。そこに立っていたのは言うまでもなく、高町なのはだった。
「で、フェイトちゃんと喧嘩しちゃったわけだ」
「はい………」
仕事中なんだけど、などという言い訳はこの状態のなのはに通用するわけがない。
言い訳を聞きれてもらえるわけもなく、無重力空間に係わらず、正座させられてお説教を始められてしまった。
「売り言葉に買い言葉とはよく言うけど………で、ユーノ君、どうする気?」
「そりゃ、謝るさ。ただ、多分……」
「顔合わせると、また同じ事やりそう?」
なのはの言葉に苦笑いしながら頷くしかなった。
ユーノの反応になのはが頭を掻きながら、溜め息を吐く。
「ユーノ君もフェイトちゃんもホントに似たもの同士だね」
「なのはもそうだと思うけ……」
「何か言った?」
「いえ、何も!」
なのはにジロッと横目で睨み付けられる。
蛇に睨まれた蛙のごとく、背筋を伸ばして硬直すると慌てて視線を反らした。
「とにかく、次に会ったらきちんと謝る事! ……これ以上、ヴィヴィオに心配掛けたくないでしょ?」
「うっ………」
誰が自分をパパと呼んでくれる娘を好きこのんで悲しませたいものか。
ユーノもそれを言われると弱かった。
「分かった……努力します」
「よろしい」
その言葉に頷いたところで、書庫の扉が開いた。
「あ、なのはママ!」
「お帰り、ヴィヴィオ」
「ただいま!」
丁度、二人が会話を終えたところでヴィヴィオが書庫へとやって来た。
なのはへと抱きつくと、そのままユーノをジッと見つめる。
ユーノはその視線に「うっ」と唸り、たじろぐしかなかった。
ヴィヴィオの視線が物語っている。
フェイトママと仲直りして、と。
その目で見られてはもう観念するしかなった。
溜め息を吐くと、微笑んでヴィヴィオの頭を撫でる。
「心配掛けてゴメンね、ヴィヴィオ。きちんとフェイトと仲直りするから」
撫でられてくすぐったそうにするヴィヴィオだったが、
ユーノの答えに満足したのか、なのはから離れるとユーノへと抱きつく。
もう、ますます後がないな、とユーノは内心で苦笑いするのだった。
そんな事を考えているのはお見通しなのか、その様子になのはも苦笑する。
(しょうがないなぁ)
このままフェイトと書庫で会えば、同じ事の繰り返しだろうということは何となく想像が付く。
なら、いっそ逃げ場を無くしてしまうという手はどうだろう。
そんな事を思いついた。
次の休日はフェイトも休みだと言っていたのを思い出す。
ニタリと悪戯を思いついた顔で、なのははユーノに声を掛けた。
「ユーノ君、次の休日は時間ある?」
「次の休み? めずらしく何も無い日だけど?」
「なら、三人で出かけないかな? ヴィヴィオに新しいお洋服買ってあげたいの」
「つまり荷物持ちね。別にいいよ?」
二つ返事で了承したユーノに、なのはは内心でガッツポーズを取る。
「じゃ、約束だよ!」
「うん、分かった」
「それじゃ、ヴィヴィオ。帰ろうか?」
言うが早いか、ヴィヴィオの手を取って、さっさとなのはは無限書庫を後にしてしまった。
ユーノはなのはの行動に首を捻るのだが、この時は出かけるのが楽しみなのかな?程度にしか思わなかった。
「なのはママ」
「なーに、ヴィヴィオ」
「フェイトママはいっしょにいかないの?」
帰り道、ヴィヴィオは疑問に思った事を口にした。
「フェイトママ、ユーノパパと一緒だと喧嘩になっちゃうかも知れないよ?」
「うん……でも、ヴィヴィオ、みんないっしょがいい」
娘のその言葉になのはは微笑みながら、頭を撫でてやる。
「大丈夫。次のお休みはみんなでお出かけできるよ」
「ほんと?」
「うん」
自信たっぷりに笑うなのはにヴィヴィオは首を傾げるしかなかった。
◆◇◆
そして、次の休日。
待ち合わせの場所の公園に少し早めにやってきたユーノは、その場にいる人物を見て絶句した。
何しろ来ると聞いていなかったフェイトがそこにいたのだから。
ユーノを見つけたフェイトにしてみても、それは同じなようだ。
「………フェイト、何できみがここにいるの?」
「それはこっちのセリフなんだけど?」
「僕はなのはにヴィヴィオの買い物に付き合って欲しいって頼まれたんだよ」
「そう。私もそうなんだけど?」
互いに刺々しい言葉を発しながら、状況を確認する。
どちらもなのはに呼ばれている。
「これは………」
「やられたね……」
二人がそう呟くのと携帯端末がメール着信を告げるのは同時だった。
それぞれ、確認してみるとやはり送ってきたのはなのは。
少し遅れるとの事だった。
二人して頭を抱える。
なのはの魂胆はこうだろう。
一緒に出かけると言っておいて、ユーノ達には互いに知らせず、鉢合わせさせる。
しかも一緒に出かける約束をしているのだ。勝手に帰るわけにもいかない。
その間に仲直りしろと言うのだろう。
少し考えてみれば、そのくらいの事をなのはが考えているのは分かる事だった。
だが、お互い喧嘩中だった事で、無意識にその選択肢を排除していた。
ユーノとフェイトが互いを睨み付ける。
一呼吸置いて。
「そもそもユーノがきちんと生活してくれたら問題ないんだよ!」
「簡単に言うけど、そっちだって自分の事棚に上げてるじゃないか!!」
「それとこれとは別問題!! 今はユーノの事でしょ!!」
「いいや! 一緒だね!! きみだって無茶してるじゃないか!?」
「私は食事と休息はしっかり取ってます!! ろくな食事しない、睡眠取らないで仕事してるなんて、バカのやる事だよ!!」
「僕は責任者なんだよ!!」
「責任者だからこそ、その辺きちんとしなさいって言ってるの!!」
盛大に口喧嘩が始まった。
行き交う人々が何事かと顔を向けるが、端から見ればカップルの痴話喧嘩にしか見えない。
こっそり近くの茂みに隠れて、その様子を見ていたなのはとヴィヴィオだったが、その様子になのはは溜め息を吐いた。
職場ではどうしても喧嘩になるだろうから、外に引っ張り出し、気分を変えて向き合わせれば、すんなり収まるだろうと思ったのだが。
どうやら駄目だったようだ。
だが。もう、これでもいいかぁ、と呆れながら考える。
もうこうなったら、言うだけ言わせてしまおう。その方が早い。
「……はぁ。まったく、あの二人は」
見ていられなくなったのだろう。
オロオロとしていたヴィヴィオが駆け寄ろうとしたが、なのはは肩を掴んで制止した。
「なのはママ、はなしてー! フェイトママとユーノパパをとめるのー!!」
「大丈夫だよ」
「ぜんぜん、だいじょうぶにみえないよ!?」
「でも、大丈夫」
いつもの事だから。
今ここで出て行って、二人の頭を冷やすのは簡単だが、それではまったく意味がない。
だから、なのはは二人が落ち着くのを待っていた。
「………ホントにだいじょうぶ?」
「大丈夫! 見ててごらん、そろそろ終わるから」
なのはが苦笑しながら、答える。
ヴィヴィオがなのはの顔を見上げる。
実際、なのはがそう言った頃には、二人の言い争いは一旦、止まっていた。
「ホント、良い度胸だね、ユーノ」
「きみこそ………」
互いに肩で息をしながら、睨み合う。
バチバチと火花すら散りそうな空気。
もしかするとフェイトの周りには実際に舞っているかもしれないが。
行き交う人々は、もう目もくれていなかった。
「……ぷっ、あはははははは!!」
「ふふ、あはははははは!!」
まだ、続くかな?と、なのはが思った、次の瞬間だった。
睨み合っていた二人は今度は突如、笑い出した。
「街の往来で何やってんだかね、僕たち」
「ホントだね」
もう、ユーノもフェイトも言うだけ言った。
どうせ言ったところで、互いにすぐ直すわけがない。
とにかく思っていた事を互いにぶちまけた。
二人ともここまで言うだけ言い切ったら、何かスッキリしてしまったのだ。
「はぁ、スッキリした」
「こっちも」
互いに微笑みあう。
「ユーノ」
「フェイト」
「「ごめんなさい」」
二人して頭を下げあう。謝罪の声が重なる。
顔を上げると握手を交わして、声を出して再び笑い出す。
「でも、ユーノ。ホントに少しは身体の事も考えてよ?」
「分かった。善処するよ」
「それにしても……なのは達、遅いね?」
「まあ、遅くなるって言ってたし。連絡してみようか?」
ユーノが端末を取り出し、コールするのが見える。
その様子を見て、なのははホッと息を吐く。
信じてはいるが、万が一という事もあった。
内心、失敗したらどうしようかとヒヤヒヤだったのだ。
やれやれと思ったその時、端末がコール音を告げだした。
ビックリして、ガサッという大きな音を立て、思わず立ち上がってしまう。
ユーノとフェイトがこちらを振り向いた。
見事にこちらと目があってしまった。
気まずそうになのはが笑う中、ヴィヴィオが笑顔で二人の元へと駆け寄っていく。
キョトンとした顔でユーノとフェイトは顔を見合わせた後、どちらからともなく笑い出すのだった。
了
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