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「……………ん、うーん」
何かの拍子にふと目が覚めた。
本局内に与えられた自室で、なのははベッドからむくりと身を起こす。
時計を確認すると午前1時前。
「……まだ、こんな時間」
もう一度寝直せばいいことなのだが、既に目は冴えてしまった。
長期教導と出動任務明けで帰ってきて早々に床についたのだが、気が高ぶっていたのだろうか。
ため息を吐き、起き上がると何か飲もうと台所へと向かう。
冷蔵庫を開けてみるが、中には何も無い。
そうだった、と思い出す。
二週間の長期教導で部屋を空けていたため、保存の利かない飲み物の類は処分していたのだ。
缶ドリンクの類も買い置きはしていなかった。
打ち上げなどでもらった酒類はあるが、明日の仕事を考えるとさすがにもってのほか。
そもそもミッドではともかく地球の上でなら、まだなのはは未成年だ。
「……かといって、今からお茶を沸かすのも面倒だしなぁ」
どうせ眠れなくなってしまったのだ。
それなら少し歩いてこよう。その途中で何か買えばいい。
そんなことを考え、制服へと着替える。
『………? マスター、どうしました?』
扉へ向かおうとするその背に声が掛けられた。
声のした方を見れば、スリープモードで待機していると思っていた相棒が点滅していた。
「目が覚めちゃったから、ちょっと歩いてこようと思って。レイジングハートは休んでていいよ?」
『付き合いましょう』
「心配性だなぁ。レイジングハートは」
『心配性で結構です。私の周りは心配ばかり掛けてくれる方々ばかりですから』
誰と誰の事を言っているのだろうか。
分かっていて苦笑しながら、レイジングハートを拾い上げると身につけ、なのはは部屋を後にした。
時空管理局の本局という場所は、その性質上昼夜の概念というものが弱い。
次元の海に浮いているということもあるが、いつも何かしらの事件、事故などの処理、監視と24時間態勢で稼働している。
こんな時間でも人はそれなりに動いているものだ。
通路ですれ違う人や知り合いに軽く挨拶を交わしながら、なのははブラブラと歩き続けた。
「みんな頑張ってるんだなぁ」
素直に働いている皆にご苦労様だと思った。
途中で立ち寄った局員向けの売店で飲み物を買う。
口を付けひと息つき身につけていた時計を確認するが、さほどの時間も経っていなかった。
眠気も湧いてはこない。
軽く歩いて飲み物でも飲んでくるという目的は達したものの、
これでは帰っても眠れそうにはなかった。
どうしたものかなと考えていて、ふと、なのははここがあそこに近い事を思い出した。
「ちょっと寄り道していっていいかな? レイジングハート」
『マスターのお好きなように。……ただ、この時間で彼がいるかは分かりませんよ?』
「別に何処に行くとも言ってないよ?」
『この場所から寄り道できそうなのは、あそこしかないでしょう?』
「むー………」
相棒に声を掛けるとそんな風に返された。
何処に行こうとも言っていないが、行きたい場所は理解してくれているのだろう。
レイジングハートの言うとおり、こんな時間では彼は居ないだろうが、夜勤の人は居るはずだ。
差し入れくらいは持って行っても良いだろう。
ついでに許可してもらえるなら、何か読ませてもらおう。
そうすれば、少しは眠れるかもしれないから。
そう考え、何本か飲み物と軽い物を買うとそこへと向かうことにする。
そんな理由で訪れたと後で彼が聞いたら眉をひそめるかも知れないな。
「書庫の本は睡眠導入剤じゃないって、怒られるかな?」
苦笑しながら、なのはは歩みを進める。目当ての場所、『無限書庫』へと。
「く、くふぁあぁぁ………ねむっ」
「司書長、仮眠取ってきてくださいよ」
間の抜けた声と共に検索魔法が停止し、受けていた力を失った本が書庫の中に浮遊する。
声を発したのは無限書庫司書長、ユーノ・スクライア。
近くで作業していた部下が心配そうに声を掛けた。
「うーん……。本当に後少しで終わるから。そうしたら休むよ。この資料明日の朝までに上げないと、真っ黒クロ助が困るだろうから」
「司書長が倒れる方が困りますよ!」
「大丈夫だって。心配性だなぁ」
部下が非難の声を上げるが、軽く受け流すと検索を再開した。
心配してくれるのはありがたかったが、どのみちもう少しで上がる作業だ。
だったら、さっさと仕上げてしまって、その後で休んだ方が良い。
まあ、部屋まで帰るのは面倒だから司書長室のソファで仮眠、という事にはなるのは間違いなかったが。
「さて、もうひと頑張りだ」
気合いを入れ直し、検索魔法を再起動する。
そんなところで入口の開く機械音が聞こえた。
扉に背を向けているので、誰が来たのか分からない。
こんな時間に誰だろう、緊急の資料請求か?
などと、マルチタスクでボンヤリ考えていると、部下が入ってきた相手へと声を掛けた。
「あれ、高町教導官。こんな時間にどうされたのです?」
「ええ、時間があったので差し入れでも、と思って」
「……なのは?」
聞こえた声にそのまま振り向いてみれば、
そこにいつもの白制服に身を包んだ幼馴染みが立っていた。
「こんな時間にどうしたの?」
「うん、ちょっと差し入れにね。ユーノ君、今日夜勤だったんだ?」
そのまま検索の手を止め、傍にやってきたユーノになのはが嬉しそうに顔を綻ばす。
「違いますよ。ハラオウン提督からの依頼で終わるまで帰らないって、駄々こねて残ってるんです」
「ちょ、ちょっと、誰が駄々こねたよ!? ああ、もう! ここはいいからっ!!」
「……ユーノ君」
はいはい、と苦笑しながら部下が自分の作業へと戻っていく。
それを見送って、呼ばれた声になのはへと視線を戻してみれば。
思い切り、半眼で睨まれていた。
「………また、無茶してたんだ?」
「あ、いや。べ、別にそこまで無茶してるわけじゃ」
「司書長、前日も徹夜してるんですから、本当に程々にしてくださいよっ!!」
持ち場へと戻りかけていた部下からの発言に引きつるユーノ。
それを聞いていたなのははというと。
あからさまに纏う空気が変わっていた。有り体に言って、怒っていた。
表情こそ笑っているが、明らかに、ハッキリと、怒りの青筋が見えるくらいに。
「ユーノくーん?」
優しく名前を呼んでくれるのだが、それが返って怖い。
そのまま、バスターの一つでも飛んでくるのでは無いかと思う。
「あ、いや。その………ごめんなさい」
「はぁ……いつも、言ってるでしょ? 無茶はしないでって!」
「いや、このくらい、いつもの事だし……」
『そう言って倒れた事が何回ありましたかね?』
沈黙を保っていたレイジングハートが突如口を開く。
やはり、なのは同様に怒っているのが、ありありと分かる口調で。
「あ、でも、えーと」
「レイジングハートの言うとおり。それを無茶だって言うんだよ?」
そう言われてしまっては引きつった笑いを返すくらいしかできない。
これ以上、言い訳をしたところで、なのはに敵うわけもなかった。
「もう! 私も手伝うから、さっさと終わらせよう?」
「ええ!? そ、そんなの悪いよ! なのはだって疲れてるんじゃ……!?」
そんなことを言い出すなのはにユーノはギョッとして、首を横に振る。差し入れに来てくれた友人を手伝わせるなどとんでもない。そんなユーノに手を振りながらなのはが笑って応える。
「いいから、いいから。私でも少しくらいは足しになるよ。ね、レイジングハート?」
『どうせ、私が止めると言っても聞いてくれないのでしょう、マスターは? ユーノも観念して手伝ってもらってください。どちらも見えないところで無茶をされる方がよほど心配です』
「……はぁ、分かった。お言葉に甘えさせてもらうよ。二人とも」
「『よろしい』」
言ったところで聞くなのはとレイジングハートでもない。
言い争えば、それこそ時間の無駄だ。何より二人と喧嘩したくはなかった。結局、ユーノは折れる事にした。
「なのははそこにある分だけお願い」
「うん、分かった」
二人で検索魔法を起動する。
何冊もの本が浮かぶ中、なのはは隣で検索するユーノの姿を見る。
自分の倍以上の本を同時に検索する彼の姿。素直に自分は魅入っているなと感じていた。
(やっぱり、こういう時のユーノ君って、かっこいいなぁ)
思わずクスリと笑いそうになる自分を押さえ、検索を開始するのだった。
程なくして資料を揃え終える事は出来た。
結果的にユーノはなのはのおかげで早く仕事を終える事が出来た。
が、代わりになのはがグロッキーになっていた。
「ふぇぇ……。ユーノ君、いつもあんな量こなしてるんだね」
「だからいいって言ったのに」
司書長室のソファに身を深く沈め、なのはがぼやく。ユーノもその隣に腰を降ろした。
「………いいの! 私が手伝いたかったんだから! ……それともやっぱり邪魔だった?」
「……いいや。助かったよ、本当だよ? でも、来てくれたのは嬉しかったけど、眠れないからって書庫に本読みに来る、普通?」
やや呆れたように目を細めるユーノになのはが乾いた笑いを浮かべて言葉に詰まる。
「え、えへへへ……やっぱり駄目?」
「駄目に決まってるでしょ。……ま、どこかの捜査官も何のかんのと理由付けて、本を読みに来てるし、勝手に持ち出さなきゃ目は瞑るよ」
「あ、ありがとう……」
苦笑しながら告げるが、助かったのは事実。だから、なのはのお願いには目を瞑る。
隣に座る彼女を見て今度、何かお礼しないとなぁ、そんな事を考えた。
「さて、何か飲む? こんな時間にコーヒーや紅茶だと返って目が冴えそうだけど」
「うーん………。あ、そうだ! ミルクあるかな?」
「ミルク? 確か、冷蔵庫にあったけど……」
「じゃあ、ちょっともらっていいかな?」
「いいけど、どうするの?」
「ちょっと待ってて。後、お砂糖も借りるね」
簡易キッチンへ向かうなのはの背中を見送って、背を伸ばす。
「ねむっ……でも、なのはが帰るまでは起きてないとな」
やはり身体の方は少々堪えているようだった。自然と欠伸も出る。
だけど、せっかく手伝ってくれた彼女をほったらかすわけにはいかない。
場合によっては部屋の近くまでは送っていこう。眠気がやって来た頭でもそれだけは考えていた。
少し経って、なのはがカップを二つ持って戻ってきた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
受け取ってみると、入っているのは暖められたミルク。
ただ、普通のミルクと違い、若干色が小麦色掛かっている。
「なのは、これって?」
「キャラメルミルク。この間、お母さんに教えてもらったの」
「へぇ……」
ひとくち飲んでみる。
顔を上げてみれば、なのはが少し不安な顔でユーノを見ていた。
「どうかな?」
「うん、暖かくておいしい。疲れも取れそうだな。これなら」
「よかった。……実はこれ、誰かに作って上げるの初めてだったの。ごめんね? 実験台みたいで」
「実験台なんて、そんなことないよ。本当においしいんだから。これなら毎日でも飲みたいかな?」
「大げさだよ、ユーノ君」
ユーノにしてみれば事実を告げただけだし、出来るなら本当に毎日飲みたいと思うくらいだ。
なのはが褒められて照れくさそうに笑う。
その表情を可愛いな、とユーノは思った。
そのまましばらく談笑して二人だったが、胃に暖かい物が入ったお陰かユーノの眠気は更に増していた。
「ユーノ君? 大丈夫?」
「う…ん………大丈……ぶ」
結局、話半分でうつらうつらとし始め、なのはが大丈夫かと問うたときには既にソファの背にもたれ掛かり、
徐々に規則正しい寝息が聞こえはじめていた。
「ユーノ君? もう……こんなところで寝たら風邪ひいちゃうよ?」
『確か仮眠に使う毛布があったはずですよ』
「うん、分かってる」
レイジングハートが思い出したように告げる。
四六時中残業などで書庫へ缶詰になることの多いユーノは司書長室で寝泊まりできるよう、
毛布などを持ち込んでいる。
なのは以外にもフェイト達がハンモックや寝袋を司書長室内に持ち込んでいたのを見つけて、さすがに他人が見たらどうかと思うと止めさせた事もあった。
寝顔を見ながら苦笑し、立ち上がると毛布を探し出し、再びユーノの横に座る。
背中から毛布を掛けてやろうとしたが、手が触れた際にユーノの身体がグラリと揺れ、そのままなのはの膝へと倒れ込んだ。
「あ………!」
起こした、と思ったが、一瞬、唸るだけで目を覚ます気配は無かった。
「ユーノ君?」
試しに声を掛けてみるが、寝息は穏やかなリズムを刻むまま。
「……やっぱり、疲れてたんだ。ごめんなさい……お話に付き合わせちゃって……すぐ、帰ればよかったね……」
彼が疲れている事は分かっていたはずなのに。話せる事が嬉しくて。
だからだろうか。たわいない話と分かっていても帰るのが惜しかった。
体勢を直し、ユーノの頭を自分の膝の上に載せてやる。
愛おしげに髪を撫でて、寝相が変わったときにぶつけたらいけないと眼鏡を外す。
「ちょっとは男の子の顔つきになってきたと思ったけど、眼鏡取るとやっぱり寝顔は昔と変わらないなぁ」
クスクスと笑いながら、自分の膝の上で眠るユーノを見下ろす。
その寝顔は幼い頃、書庫に顔を出したとき、疲れて仮眠していたその頃の寝顔と全く変わっていないと思った。
「あ、ふぁ……」
髪を撫でてやりながらユーノの寝顔をしばらく観察していると、次第に自分にも睡魔が降りてきているのが分かった。
一瞬、どうしようかと思う。
今帰ればグッスリ眠れそうだが、このままユーノを置いて帰るのも気が引けた。
「うーん………ま、いいか。このままで。レイジングハート、何かあったら起こしてね?」
『all right』
朝起きたとき、真っ赤になって、狼狽する彼の顔が見たかったから。
だから毛布の半分を彼に掛け、半分を自分で羽織るとなのはもまた眠りへと身を委ねる事にした。
翌朝、資料の受け取りにやって来たクロノが目にしたのは。
なのはの膝枕で幸せそうに寝こけるユーノと、彼を膝に抱いたままやはり幸せそうに眠るなのはの姿だった。
この後、目を覚ました二人がクロノによって、しばらくからかわれ続けたのは、言うまでもない話である。
了
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