|
「なのは、ヴィヴィオ、こっちこっち!」
少し先の方で、ユーノが手招きと共にふたりを呼び寄せる。
招かれるままになのはとヴィヴィオはユーノの待っている場所へと走り込んだ。
「もー、せっかくのピクニックなのに、なんで雨が降るのー!!」
ヴィヴィオが濡れた髪や服を手で叩きながら、地団駄を踏んで、そんな文句を言い出す。
ぷっくり頬を膨らませるヴィヴィオに苦笑する二人だったが、ヴィヴィオの態度も仕方もなかった。
なのはも休み、ユーノも休みだと言うから、思い切って、三人で出掛けたいとお願いしたというのに。
森林公園でピクニックを楽しんでいたところへ、急に空が暗くなったかと思ったら、突然の雨だ。
幸い、ユーノがすぐに木の根本に雨宿り出来そうなサイズの穴を見つけたので、三人でそこに駆け込んだというわけだ。
外を見れば、そう簡単には止みそうもない雨が降り続いていた。
「あー、びっくりした。急に降り出すんだもんなぁ」
なのはがバスケットからタオルを取り出して、ブスッとむくれているヴィヴィオの髪を拭きだす。
「でも良かったぁ、雨宿り出来る場所があって」
「確かに助かったね。根本の方に、これだけ大きなウロが出来るってのは珍しいんだけど……樹齢何年くらいかなぁ」
ユーノがウロの木壁をさすりながら答え、なのはの方をふり向いたかと思ったら、すぐ顔を反らした。
「ユーノ君?」
ユーノの態度に不思議そうになのはが顔を覗き込もうと、回り込もうとしてまたユーノが顔を反らした上、今度は目を手で覆った。
「どうしたの? ユーノ君」
「や、あ、あのさ、なのは。服、服!」
「へ……? ひゃあ!?」
降っていたのは雨である。そして、足す事の今日、なのはが着ている服は白のワンピースだった。
イコールは。
自分の姿に気が付いたなのはの顔が真っ赤に染まる。自分の胸元を慌てて腕で覆って隠した。
ユーノが顔を逸らすのも無理はなかった。それはもう見事に下着が透けていらっしゃったのだから。
ユーノに背中を向け、上に羽織っていたカーディガンのボタンを止めると、何か睨むようにユーノへと視線を向けた。
「……ユーノ君のエッチ」
「ちょ、不可抗力でしょ!? さすがにさあ!?」
なのはが胸元を隠したことを確認して、慌てて反論に移るユーノだったが、不意に小さなくしゃみが聞こえた。
もちろん、二人ではない。
「え、えへへ……くしゅん!」
もう一度、くしゃみが聞こえて、二人が視線をそちらに向ける。
見れば、ヴィヴィオが恥ずかしそうに、だが、寒そうに腕を組んで震えていた。
「……とにかく、服乾かさないと風邪引いちゃうね」
「乾かすって、どうやって?」
自分の羽織っていたパーカーを脱ぐと、ヴィヴィオに被せユーノが辺りを見回す。
袖が余るユーノのパーカーに手を通しながら、ヴィヴィオが声を掛けた。
「まあ、見てて」
そう言うと短い詠唱と共に印を切り、三人の足下にユーノが魔法陣を形成した。
「フローター?」
「あったかーい!」
なのはが何故と不思議そうな顔をユーノに向けるが、それも一瞬だった。続くヴィヴィオの言葉に疑問はすぐ消える。
そう、ユーノの足下に形成されたフローターフィールドから、確かに暖かな空気が流れているのだ。
陣を敷き終えたユーノがクスクスと笑いながら、その場に腰を降ろした。
「ちょっとしたアレンジだよ。フローターに温度調整の機能を足してあるんだ。灯りにも丁度良いだろう?」
確かに木のウロの中だし、外から差し込む灯りといっても、あいにくの雨空だ。フローターの魔力光が穴全体を照らしていた。
「寒い地方なんかで、火が使えない時には重宝するんだ」
「確かに便利だね。雨の日とかでも、お洗濯乾かすのに使えそうだし」
なのはの言葉にユーノの笑顔が苦笑へと切り替わる。
仕事と同時に家事も切り盛りしているなのはにしてみれば、そういう感想が出る事も分かるけれど。
「ホントにあったかーい」
ユーノの魔力光に輝く暖かい陣が気に入ったのか、ヴィヴィオがゴロンとその場に寝転がる。
そのまま気持ちよさそうに向きをコロコロと変えるヴィヴィオに二人がクスクスと笑いを漏らした。
「……せっかくだし、このままお弁当にしよっか?」
「さんせー!」
お弁当と聞いて、待っていましたとばかりにヴィヴィオが跳ね起きた。
雨に降られてブツブツ文句を言っていた機嫌の悪さはどこへやら、だ。
そんな娘に楽しそうに笑いながら、なのはがバスケットを開き、中に入れていたタッパー類を取り出し蓋を開けていく。
お弁当の中身は、まず、おむすびがたくさん。いずれも海苔が巻いてあるが、いくつかはふりかけが混ぜてあった。
後はからあげに定番のタコさんウインナーと卵焼き。それにプチトマトなどの野菜が少々。
「へへー、おむすびはわたしも手伝ったんだよ!」
胸を張って、ふんぞり返るヴィヴィオの姿にユーノが苦笑を漏らす。
確かに見てみれば、おむすびの中にはサイズの違う物が何個か見られた。
そう、やけに大きいのだ。
「出掛ける直前まで、お弁当に格闘してたと思ったら、そういう事だったのか」
頑張ったね、と頭を撫でてくれるユーノにヴィヴィオが実にご満悦そうに笑顔を向ける。
「さ、食べようよ」
なのはが取り分けるために小皿を二人へと渡し、魔法瓶の蓋を開けて、お茶を注いでいく。
「はい、召し上がれ」
「じゃ、遠慮無く頂きます」
「いただきまーす!」
なのはの言葉にそれぞれが合掌する。
ユーノがさてどれから食べようかと、箸を伸ばし掛けたところへ、それより先にヴィヴィオが動いた。
「ユーノくんはこれね! ヴィヴィオの作ったおむすび!」
元気の良い声が聞こえたかと思ったら、次の瞬間、ユーノの取り皿に特大のおむすびが載っていた。
「……………」
選択の余地もなく最初にそれを載せられて、一瞬、沈黙するユーノになのはが声を押し隠して笑い出す。
これで最初に別の物を口にするわけにも行かなくなった。
幸い? な事に大きいおむすびは全部ふりかけが混ぜてあるから、塩加減を間違っているなどと言う事は無さそうだが。
どうせなら手掴みで行こうかと思ったが、とりあえず箸で切り分けて、ユーノは口に放り込む。
「おいしい?」
「うん、美味しいよ」
実際、味に問題は無い。量は問題だけど。
目をキラキラさせながら聞いてくるヴィヴィオにユーノはそう答えた。
そんなに目を輝かされては、大きすぎるとは言うに言えない。
そもそもヴィヴィオも自分の作ったおむすびを皿に載せているのだから。
「じゃ、私もヴィヴィオのおむすびから、もらおうかな♪」
なのはもそういってヴィヴィオのおむすびを皿に載せる。
せっかくのピクニックで雨というハプニングに見舞われたが、これはこれで趣がある。
ヴィヴィオがニコニコしながら、お弁当を口にしているのを見て、なのはとユーノは顔を見合わせて、どちらともなく笑い出した。
笑っている二人にヴィヴィオは不思議そうな顔を向け、首を傾げる。
そんな中、不意にカサリという音がウロに溜まっている落葉の方から鳴った。
ヴィヴィオが何かと顔を向けてみると、落葉の間からリスが顔を覗けて、三人を伺っていた。
「あ、かわいー!」
ヴィヴィオがリスの方向へと身体を向けると、ビックリしたのか、リスは距離を取るように飛び退いてしまった。
慌てて追いかけようと、ヴィヴィオが立ち上がり掛ける。そのヴィヴィオの手をユーノが掴んで止めた。
「ストップ。ヴィヴィオ、ビックリさせたりしちゃ駄目だよ。リスだって、雨宿りしてるんだからさ」
そう告げて、頭を撫でるユーノの言葉に納得はするが、リスを間近に見てみたくなったヴィヴィオは頬を膨らませる。
「ふふ、でも、逃げちゃう気配はないね?」
まるで目の前のリスの頬袋のように頬を膨らませるヴィヴィオに笑いながら、なのはが距離だけ取って、こちらを伺っているリスを見てそう言った。
「多分、お弁当が気になるんじゃないかな?」
野生のリスだが、人に慣れているのだろうか。恐らくはリスのお目当ては三人のお弁当なのだろう。
「むー………。そうだ! ママ!!」
ヴィヴィオが何かを思い付いたように声を上げた。
「………これ?」
何を考えついたかの見当はすぐに付いたのだろう。なのはが苦笑しながら、バスケットの中からクッキーの入った袋を引っ張り出す。
パッと顔を輝かせて、大きく頷いたヴィヴィオが袋を受け取って、中のクッキーを手に取った。
「ほら、おいでー」
リスが取りやすいように細かく砕くと、ヴィヴィオは欠片を持って、フローターの端へと寄る。
その様子にユーノもなのはも苦笑しながら見守っていた。
普通に考えれば、警戒して寄ってはこないものだが、意外にも、リスはソロソロと近付くと、ヴィヴィオの指先のクッキーの匂いを嗅ぎ、その小さな手でクッキーを摘み取って、カリカリと食べ始めた。
ニコニコしながら、それを眺め、ヴィヴィオは恐る恐る手をリスの前に出してみた。食べ終わったリスがヴィヴィオの手を見る。
差し出された手にリスは鼻先を近付けたかと思うと、スルスルと腕を伝って、ヴィヴィオの肩へと上っていった。
警戒を解いたのか、肩に乗ったまま、逃げようともしないリスにヴィヴィオはまたクッキーの欠片を与えてやる。
リスの鼻先をヴィヴィオが突ついたりしてみるが、クッキーが気に入ったのか、食べる事に集中しているようで、リスは嫌がるそぶりも見せない。
「……ホントに人を怖がらないな。それとも聖王様の威厳かな?」
クスクスと笑うユーノに、ヴィヴィオがジロッと睨み付けるように視線を向けた。
大声を出すと、せっかく近くに来てくれたリスが逃げてしまうからだろう。
だが、視線はしっかりと「へーかは禁止!」と物語っていた。
おっと、とわざとらしく口を手で塞ぐユーノの姿になのはが苦笑を漏らした。
膨れるのは分かっているくせに、いつもそう言ってヴィヴィオをからかうのだから。
まぁ、本気で嫌がるなら、ユーノは繰り返してからかうような性格でもないし、言われている本人もスキンシップの一環と理解しているのか、そこまで嫌がってはいなさそうではあるのだけれど。
そう考えて、お弁当を食べながらリスと戯れる娘を見ながら、ふとある事を思った。
「ユーノく……」
「先に言っておくけど、却下」
なのはが思った事などお見通しなのだろう。続きを言う前にユーノはさっさと却下してしまった。
「ユーノ君のケチんぼ」
ベッと舌を出して、子供のように頬を膨らませるなのはにユーノは困った顔で空笑いを返した。
ユーノにしてみれば、さすがにフェレットモードは勘弁して欲しいのだ。いい加減、自分もいい大人なのだから。
この年でフェレットでクッキーをもらってカリカリやるのは恥ずかしかった。
少々機嫌を損なってしまったなのはをどう宥めるかはとりあえず丸投げして、今はお弁当に集中しよう。そう決めたユーノだった。
それからしばらくの後、ヴィヴィオからクッキーやお弁当のおかずなんかを分けてもらったリスは満足したのか、ヴィヴィオの肩から降りた後、ヴィヴィオのそばで丸くなってしまった。
どうやら暖かいから、一休みしてしまおうという事らしい。
ちなみにヴィヴィオはお腹が満足した後、フローターの暖かさに負けて、既にお昼寝モードだった。
「……なんか懐かしい感じ」
丸まって眠ってしまったリスにフェレットモードを重ねたのだろう。
眠っているヴィヴィオの頭を自分の膝に載せ、娘とリスを見比べながら、ユーノの方をチラッと見て、なのはがそう苦笑した。
「……まぁ、何となく分からないでもないね」
自分はフェレットだったけど、バスケットで寝てる時はこんな感じだったんだろうなぁ。
そう思うと、確かにユーノとしても何か懐かしい感じではあった。
まぁ、だからといって、さすがに変身しようとは思わないのだが。
ひとしきり苦笑すると、ユーノもフローターの上に身を投げ出すように寝転がった。
「ユーノ君も寝る?」
片方の膝を叩くなのはに半分身体を起こして、ユーノは首を横に振った。
恥ずかしがる事ないのに、と笑うなのはにユーノは苦笑すると、手を頭の後ろで組んで枕代わりにもう一度、寝転がった。
雨の降る音が外から響く中、沈黙が訪れる。
少しの沈黙の後、先にそれをなのはが破った。
「……でも、今日はちょっと残念だったかな」
「何が?」
聞くまでもない事だったが、敢えてユーノは苦笑と共にそう答えた。
「雨のこと。せっかく三人でのお出掛けだったのに。ヴィヴィオがちょっと可哀相だなって」
「……そうかもね。でも、それならさ。また来ればいいじゃないか」
「へっ?」
ユーノの言葉が意外だったのか、なのはがキョトンとした顔を向ける。
「ヴィヴィオがまた来たいって言ったら、また来ればいいじゃないか。付いて来ていいなら、いくらでも付き合うよ」
いいの? と、申し訳なさそうな表情を向けるなのはに身体は起こさず、顔だけを向け、ユーノはそう微笑んで応えた。
ユーノの微笑みに、そっか、となのはが嬉しそうに笑う。
気持ちよさそうに眠っているヴィヴィオの髪を撫で、良かったね、と囁くようにヴィヴィオに向けて、なのはが呟いた。
「……それにしても。ホント、気持ちいいね。このフローター」
「組み方、教えようか?」
ヴィヴィオを起こさないように気を遣いながら、ウンと背を伸ばすなのはにユーノが笑いながら答える。
せっかくのピクニックで魔法の講義なんて、どうなんだろうとは思うけど。
どうせ、雨が止むまでの間、まだしばらく掛かるだろうし、暇を潰すのには丁度良い。
便利そうだから、是非に、と言うなのはに頷き、ユーノはゆっくりと身体を起こす。
小さな聖王様がぐっすりと眠る中、暖かな翡翠色の魔法陣は、それから雨が止むまでの間、ずっと輝き続けるのだった。
了
|