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闇の書事件が解決した次の年。
なのはたちが正式に管理局へと入局し、少しの時が経った。
なのはは戦技教導隊入りを目指し、武装隊の士官候補生へ。
フェイトはハラオウン家の養子となり、執務官候補生へ。
はやてたち八神家の一同もまた、それぞれの道を歩み始めていた。
ユーノも無限書庫の司書となり、日々忙しい時間を過ごしている。
そんなユーノにとって、時折訪ねてくれる友人たちとのひと時は、大切なものと成りつつあった。
「なのは、何か良いことあったの?」
仕事を終え、帰る前に無限書庫へと顔を出しに来たなのは。
仕事を手伝いながら、いつになくニコニコとしているのを見て、何となくユーノはそう尋ねた。
「うーん。あったじゃなくて、これからある…かな?」
よく分からない、とユーノは首を捻る。
そんなユーノを見て、なのはが楽しそうに笑って言葉を続けた。
「来週のお休みの日、わたしの誕生日なんだ。それでね! みんなが翠屋で誕生日会開いてくれるんだって!」
「なるほど。それで楽しそうだったんだ」
「うん! 今年はフェイトちゃんもはやてちゃんも、みんなも一緒だし」
そういえば、この月に誕生日があると、少し前になのはが話してくれたのを思い出した。
いつ産まれたか、ハッキリしない自分には、誕生日という感覚はよく分からない。
だけど、嬉しそうに笑うなのはを見ていると、何故だか自分も嬉しくなってくる気がした。
「ユーノくんも来てくれるよね?」
「僕も?」
「うん♪ クロノくんも来てくれるって言ってるし」
クロノの名を聞いた途端、嫌そうな呻きと共にユーノは顔を顰めた。
そんなユーノに、なのはは苦笑する。
「あはは、大丈夫だよ。クロノくん、しばらく暇だって言ってたから」
「まあ、そうだろうけどね」
日頃、クロノからの資料請求が多い為、彼のスケジュールは大体把握している。
ただ、あいつも来るとなると何となく面白くない。
そんなことを思うユーノだったが、楽しそうに笑っているなのはを見ては、そうも言えなかった。
「……そうだね。僕も特に予定は無いし。お邪魔でなければ、参加させてもらうよ」
「やったぁ! えへへ、これでみんな来てくれるって言ってくれた。楽しみだなぁ」
「っと、なのは。そろそろ帰らないと遅くなるよ?」
時計を確認してみれば、もういい時間だった。
「あ、もうこんな時間? ゴメンね、ユーノくん。お邪魔しちゃって」
幸せそうに笑っているところに、申し訳ないとは思うが、あまり遅くに帰らせるわけにもいかない。
いくら優秀な魔導師でも、なのはは地球では、まだ小学生なのだから。
ユーノとしても、まだ少し話していたい思いはある。
だが、それは甘えだと自覚していた。
「それじゃ帰るね。あ、ユーノくん」
「何、なのは?」
「次のお休み、楽しみにしてるから!」
「あはは、僕も楽しみだよ」
書庫の入口まで付いていき、そこで手を振って、なのはを見送る。
「さて。それじゃ、もうひとがんばり…」
「……誕生日会か。高町さんが少し羨ましいね。沢山の友だちに祝ってもらえて」
なのはの見送りを終え、戻ろうとしたところへ、同僚の司書が声を掛けてきた。
書庫の無重力の中を舞うようにしながら近付いてくる。
「それにしても、いいのかい?」
「えっ? 何がです?」
何のことかと思って、ユーノが逆に問い返す。
「誕生日会の事だよ。次のお休みっていったら、五日後だよ?」
「別に慌てる事でも無いでしょう? 特にする事もないですし」
「……スクライア君、それ本気で言ってるかい?」
司書の言葉に首を傾げる。
本気で分かっていない風のユーノに、司書は頭を掻いて深い溜め息を吐いた。
「誕生日だよ、誕生日。そんな時、友だちや家族から何か貰ったりしない?」
「えーと、友だちや家族から貰う物……ああっ!? 誕生日プレゼント!!」
ユーノの顔が途端に青くなる。
自分の誕生日がはっきりとしないユーノは、スクライアにいた頃も、一年のどこかで、同い年の誰かと一緒に祝ってもらう程度だった。
ユーノ自身、自分の誕生日に特別な感情というものも無かったので、何かをあげたり貰ったりも、あまりしなかった。
何より、兄弟のよう育った子たちならともかく、女の子の友だちにプレゼントをあげたことのないユーノに、女の子の欲しいものなど分かるはずもない。
「ど、どうしよう……全然、思いつかなかった」
「何となく、そうじゃないかと思ったら……。手ぶらで行くつもりだったのかい?」
「あ、あうぅ………」
呆れた司書の声に、ユーノは縮こまる。
そんなユーノが可笑しかったのか、司書は顔を背けて笑いを堪える。
「ま、もう少し時間はあるんだし、何か考えてごらん……って、聞いてないな」
ユーノの方に向き直って、司書がそう告げた時には、もうユーノの姿はその場になかった。
周りを見渡してみれば、少し離れたところで、検索を実行するユーノがいた。
もちろん仕事の検索もしているのだが、ユーノの立っている場所。
そこは各地の名産品等の資料の収められた書架。
時たま「これなんか……いや」等とユーノが呟くのが聞こえてくる。
他の司書たちも、ユーノの行動をクスクスと微笑みながら見守っていた。
そんな声をBGMに静かな書庫は、その日の終日まで検索が続いたのだった。
◆ ◇ ◆
なのはと約束してから、二日後。
ユーノは何をプレゼントするか、未だに決められずにいた。
一日の仕事を終え、自室へと戻ると、何をあげるかを引き続き考える。
「うーん……どうしよう。こういう時に何をあげたら、なのは喜んでくれるかなぁ」
悩んだ末、誰かに相談することにした。
『で、僕に相談したというわけだ』
繋いだ通信画面の先で、小馬鹿にしたように苦笑しているクロノが憎たらしい。
「別にいいじゃないか。クロノは何をあげるつもりなんだよ」
不機嫌そうに鼻を鳴らすユーノに、ますますクロノが可笑しそうに笑う。
『それが人に物を頼む態度か? 何か言うべき事があるんじゃないか?』
「……もう、いいよ。相談した僕がバカだった」
『待て、冗談だ。フェレットもどき』
「誰がフェレットもどきだ。誰が!!」
通信を切ろうとしたら、笑いながら止められた。
いつまで経っても人を使い魔扱いしてくれるのだ、この黒執務官は。
やっぱり、こいつに相談するんじゃなかった。と、ユーノは心の底から思う。
『実を言うとな。正直、僕も女の子へのプレゼントなんて分からなくてな。やむを得ないから、連名でエイミィに任せた』
「……おい!!」
『別に、一人一人がプレゼントしないといけない決まりじゃないだろ?』
「……何か、ずるくないか。それ……?」
『懐具合も考えたら、友だち同士のプレゼントなんて、そんなものさ』
「……給料貰ってるくせに」
ブスッとした表情で呟くユーノに、苦笑しながらクロノが告げる。
『別に凝ったもの渡すこともないだろう。こういうものは気持ちだ、気持ち』
「考えることを放棄した人に言われたくないよ、クロノ」
乾いた笑いを浮べるクロノを横目に、通信を切った。
クロノでは話にならない。
次に思いついた相手に電話を繋ぐ。
『……どうせ同じ家にいるんだから、通信切らずに変わってもらえばいいのに』
相手が電話に出ると、開口一番にそう告げられてしまった。
クロノとの会話は聞いていたらしい。携帯電話の先で、苦笑しているフェイトの声が聞こえた。
「いやまあ、そうなんだけど……」
何となく、クロノに聞かれるのが恥ずかしかった。
足音がするところを考えると、クロノに聞かれないように部屋まで移動してくれたらしい。
自分の考えを酌んでくれたのだろうか。
フェイトの心遣いに感謝したかった。
『こういう事は、私よりアリサか、すずかの方が詳しいと思うけどな。はやてには相談した?』
「それはそうかもしれないけど…すずかはともかく、アリサに聞くと、お小言が…。はやてだと何か面白がって、先に進みそうにないし……」
『あ〜、それは……確かに』
アリサに相談などした日には、何を言われるか分かったものではない。
決まらないという点では、はやても似たようなものだろう。それには、フェイトも同意する。
「……どうすればいいと思う?」
『こういう時、女の子にそういうこと聞くと幻滅するよ? 何も言わなくたって欲しいものくらい察してあげなきゃ』
「うっ……やっぱり?」
フェイトの言葉に冷や汗が流れる。
もしかして、怒らせてしまったろうか。
そんなことを思うが、続くフェイトの声は別に怒った様子もない。
『あはは、大丈夫だよ。こんなことでユーノを嫌ったりしないよ。せっかく相談してくれたんだし』
「そ、そう……」
フェイトの言葉にホッとする。
ユーノとしても、あまり友だちに嫌われるような事はしたくない。
『うーん……私は別に、何でもいいと思うけどな』
「フェイトは何あげるの?」
『私もアリサとすずかと連名でお洋服。前にみんなで出かけて見付けたんだけど、なのはが欲しがってたんだ。はやては、八神家で何かするって言ってたよ』
「洋服か……」
うーん、と唸るユーノが可笑しくて、フェイトは、つい電話越しでクスクスと笑い出してしまった。
何しろ、日頃の彼なら女の子へのプレゼントなんかで悩んでいるところなんか、想像出来ないから。
『……なのはだったら、何でも喜んでくれると思うけど。私はお洋服とかそういったものより、ユーノらしいものが一番良いと思うよ』
「僕らしいもの……?」
『うん。こういったものは気持ちが大事だから』
気持ちが大事。
クロノも話した時、そう言っていた。
「……うん、ありがとう。もう少し考えてみるよ。またね、フェイト」
『どういたしまして。またね、ユーノ』
そう言って通信が切れる。
「僕らしいもの……か。何かあるかなぁ」
座り込んで腕を組み、考えてみる。
しばらく考え続け、そのまま床へと仰向けに倒れ込んだ。
天井を眺めながら考え続けるが、考えに煮詰まったのか、だんだんと瞼が重くなってくる。
ぼんやりとは考え続けたが、結局、規則正しい寝息が部屋に響き始めるのだった。
◆ ◇ ◆
「ユーノの奴、何だって?」
電話を終え、しばらく経った後。
リビングに出てきたフェイトに、ソファへ寝転がっていたクロノが声を掛けた。
「何がいいかで悩んでるみたい」
「難しく考えすぎだろう、あいつは」
「それ、最初からエイミィに丸投げしたクロノにだけは、言われたくないと思うよ」
フェイトは呆れたような半眼を向ける。
視線を反らすクロノを横目に向かいのソファへと腰を降ろした。
ユーノとの電話を終えた後、フェイトはなのはが少しだけ羨ましくなっていた。
プレゼント一つで、こんな風に一生懸命に考えてくれる友だちが居る事が。
もちろん自分だって、なのはの友だちでユーノの友だちだ。なのはの為だったら、負けるつもりはない。
だけど、これが自分だったら、あんな風に一生懸命になってくれるかな。
不意にそう思う。
いや、ユーノの事だ。
恐らく相手が誰でも一生懸命になってしまうだろう。
よくよく考えてみれば、そうだ。
彼にしてみれば、責任を感じていただけだったのかもしれない。
けれど、裁判の時だって、親身になって頑張ってくれた。
「ふふ……」
「どうかしたのか、フェイト?」
何かを思い出したかのように笑うフェイトに、クロノが顔を向ける。
「別に……少しだけ、なのはが羨ましくなっちゃっただけ」
「……だったら、次のフェイトの誕生日。なのはに負けない誕生日会をやればいい」
一瞬、きょとんとして、微妙に勘違いしている義兄にフェイトは吹き出した。
「……違ったのか?」
「ちょっと違うけど……ありがとう、お義兄ちゃん」
元々、フェイトも誕生日がはっきりとしない。
だから、ハラオウン家と養子縁組を組んだその日を誕生日とした。
これも義兄なりの気遣いなのだろう。
言った本人はというと。
自分の台詞と、まだ呼び慣れないその敬称に照れてしまったのだろう。
テーブルの上に置いてあった新聞を掴むと広げて、顔を隠してしまった。
「そういえば、ユーノに何かアドバイスしてやったのか?」
「ユーノらしいものを上げればいいって」
「なるほど……余計悩まないだろうな。あいつ」
「大丈夫だと思うな」
照れているのを誤魔化したかったのだろう。
話題を変えて新聞越しに響くクロノの声にフェイトは苦笑する。
「……そうだ」
「何だ?」
何かを思いついたフェイトの声にクロノが新聞を降ろして顔を覗かせる。
「私の誕生日の時、さっき誕生日会開いてくれるって言ったよね?」
「ああ」
間違いなくそう言った。
クロノは新聞を閉じて、身体を起こそうとする。
「今度、ユーノにアドバイス料請求してみよ♪」
ちゃっかりしているフェイトに、クロノは呆れ、起こしかけていた身体ごと音を立てて、ソファからずり落ちた。
◆ ◇ ◆
「ふぁ……身体痛い……」
翌日三日目。
ユーノは重い身体を引きずるように書庫で検索を行っていた。
結局、朝まで寝てしまっていたので、身体が痛むのも当然といえば当然である。
「……なのはの家に寝泊まりしてた頃が懐かしいや」
あの頃はフェレット姿で、ペットとして高町家で過ごしていたが、寝床に渡されたバスケットの寝心地は悪くなかった。
なのはが学校から帰るまでの間、日の差す窓の近くで、ポカポカとひなたぼっこしながら、貰ったクッキーを……。
「と、いけない、いけない」
ボケッとして、止まりかけた検索の手を一旦、止めてしまい身体を伸ばす。
「やっぱり、鈍ったかなぁ」
スクライアで発掘をやっていた頃は、床で寝たり、外で寝たりなど、日常的に行っていた事なのに。
軽く溜め息を吐いて、検索を再開する。
「発掘かぁ。そういえば、この一年ろくに発掘してないなぁ」
「ついでに散髪もやない? ろくに手入れもしてないから、髪の毛、伸びすぎてボサボサよ?」
独り言のつもりで吐いた言葉に、反応が返ってくる。
そんなに伸びただろうか、とユーノは髪の毛を摘んでみた。
元々、肩に掛かるくらいはあった気がするが、確かに背中まで長さが達していた。
考えて見れば、去年は夏の間中、フェレットだったし、秋からはアースラで缶詰。
闇の書事件後は書庫に缶詰だった。
面倒だというのもあって、この一年散髪していなかった。
「そんなに変かな? はやて」
振り返って、声の主に話し掛ける。
「伸ばすなら別にええけど。ただの不精なら変やで?」
すぐ後ろで聞こえたと思った声は、今度は少し上の方から聞こえた。
「切った方がいいかなぁ?」
「ユーノくんの好きにしたらええよ。ただ、誰かが言っておかんと、いつまでも放っておくやろ? 面倒くさい言うてから」
図星を突かれてしまい、ユーノは乾いた笑いを浮べ、上を見上げる。
少し上にある書架の近くで、管理局の制服に身を包んだはやてが、無重力の書庫内を漂っていた。
「しっかし。やっぱりいつ見ても、ここの蔵書量は壮観やねぇ。普通に読んでたら、一生掛かっても読みきれんやろうなぁ」
はやては書庫内の無重力に身を任せ、辺りを見渡すようにクルリと一回転すると、ほぅ、と溜め息を付く。
手近な書架に寄って、一冊引き抜いてパラパラとページを捲っていく。
読書好きな彼女にとって、ここの環境は魅力的なのだそうだ。
まだ治りきっていない不自由な足も、この無重力環境下では関係ない。
本局に来ている時、暇を見付けては、こうして本を読みに来ている。
「で、はやて。何か用なの?」
「んー? 用事半分かな。頼んでた資料、上がってないん?」
「あれ? 今日が期限だったっけ?」
一瞬、きょとんとするユーノ。
慌ててスケジュールを確認し始めたユーノに、はやては声を出して笑う。
「今、言うたやん。用事半分て。上がってたら、もらって帰ろうと思うただけや」
「……つまり、本命は読書なわけね」
笑って頷くはやてに、ユーノは軽く息を吐く。
何度か注意はしたが、聞いてはくれないのだ。書庫は一般図書館じゃない、と。
仕事の邪魔する事は無いし、たまに検索を手伝ってくれたりもするので、大目に見ているのが現状だったりする。
「そういうこと。で、上がってる?」
「まあ、簡単な資料だったからね。一応、上がってるよ」
ちょっと待ってて、と言って、データを取りに行くユーノの背を見送って、はやては、先程引っ張り出した本をもう一度開いた。
何気なしに引っ張り出した物だが、よく見てみれば、お菓子作りの本だ。
「無限書庫はホントに何でもあるなぁ。あー、これなんか面白いかも」
載っていたのはフルーツのタルトの作り方。
世界は違えど、食というのはどこか似るものなのだろうか。
材料を変えれば、再現出来そうだと、はやては思う。
「おまたせ。何見てるの?」
「ん? お菓子作りの本や」
戻ってきたユーノは、はやての読んでいた本の内容を聞いて、呆れた声を上げる。
「何だかなぁ。まさか、ロストロギアの資料と一緒に、お菓子作りの本が置いてあるとはね」
「ええやん、無限書庫の名の通りで。わたしは、ここ好きや。いつまでいても飽きへん」
はやての言葉に苦笑し、ユーノは持ってきた資料を渡す。
「魔法力と科学力。いくら発展しても、最後はやっぱりアナログなんやね」
手渡された資料に目を通しながら、はやてが呟く。
「機密の面もあるからね。そもそも資料の基は、それこそアナログな古代の書物なんだし」
「それもそうやね。しかし、あらゆる世界の書物が眠る場所、か。ある意味、想い出のお墓みたいな感じもするな」
身体を回転させながら、無限書庫の中を見渡して、はやてが面白そうに笑う。
「想い出、か。まあ、確かに自伝なんかもあるけどさ。……でも、お墓は無いんじゃない? そんなこと言われると僕たち、墓荒らしになっちゃうじゃないか」
はやてが言ったひと言に、ユーノは引きつりながら答える。
そんなこと言われたら、罰当たりな事してるみたいで、仕事が出来なくなってしまう、と。
「ユーノくんたち司書さんは、想い出を荒らす墓荒らしか。言い得て妙な話やね」
頬に指を当てながら、面白そうに笑うはやて。
どうも、この少女はやりづらい。
ユーノは軽く嘆息する。
「そういえば、ユーノくん。なのはちゃんの誕生日どうするん?」
「ん? もちろん参加するけど。どうかしたのさ?」
「誕生日プレゼントで悩んでるって、フェイトちゃんから聞いてな。決まったん?」
フェイトに口止めをお願いしておくべきだったか。
内心しまった、と思いながら、恐る恐るはやてに尋ねる。
「……ねぇ、はやて。フェイト、はやて以外に話してたり……する?」
ニコニコしているはやてを見て、ユーノは背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
「安心しぃ。知ってるのは、わたしだけや。アリサちゃんたちも知らんよ。もちろん、なのはちゃんもな」
ユーノがホッとしたように息を吐く。
それを見て、楽しそうにはやては笑う。
「実は、まだ決まってない……」
「難しく考えすぎなんと違う?」
「うーん。……そういうはやては何するつもりなのさ」
「私はうちのみんなと一緒に、桃子さんと共同でケーキ作りや」
はやての言葉に、なるほど、とユーノは納得する。
元々はやては料理が得意な子だ。
パティシエである桃子さんの手を借り、なのはの誕生日ケーキをプレゼントするというアイディアは確かに面白い。
だが……。
「……ねぇ。ひとつ気になるんだけど、それヴィータたちも手伝うの?」
「もちろんや」
ユーノの頭に一抹の不安がよぎる。
正直、ヴィータはあまり手先が器用とは思えない。
「大丈夫かなぁ」
「わたしも付いとるし、桃子さんもいるんやから、大丈夫やって」
自信たっぷりに胸を叩くはやて。
その自信はどこからくるのか、とユーノは教えて欲しかった。
「ああ、そうや。ユーノくん。この本借りて帰ってええ?」
「……持ち出し禁止なんだけど、何するのさ」
「お菓子作りの本で、ロストロギアでも作れると思うん? お菓子を作るのに決まってるやん」
ユーノの言葉に、呆れたようにはやてが言葉を返す。
「それでも駄目。書庫の本は持ち出し禁止なんだから」
「ケチくさい事言わんとお願いや。絶対汚したりせんから。なっ、この通りや」
顔の前で両手を合わせて、頭を下げるはやて。
「だーめ」
頑として譲らないユーノに、はやては両腰に手を当て頬を膨らませる。
「ああ、そう! せっかく、なのはちゃんの誕生日の一品に加えようと思うたのに。頑固な誰かさんのせいで、なのはちゃんに寂しい思いをさせてしまうんやね、わたしは」
そう言って、はやてはそっぽを向く。
そしてチラリと横目で見て、ユーノの頬が引きつるのを確認すると、更にたたみ掛けるように口を開いた。
「当日に、みんなの前で言うてしまおうかなー。意地悪なユーノくんのせいで、一品減ってごめんなーって」
それを聞いた途端に、ユーノは顔色を変えた。
「わーっ!? そ、それだけは勘弁して」
さすがにそんなことをされては、他の女性陣にどんな目に遭わされるか分かったものではない。
ユーノは軽く身震いして首を振る。
「まったく……解った。いいよ、持って行って」
こめかみを押さえながら、観念したようにユーノが唸った。
はやては満足げな顔で、よろしいと頷きながら、腕を組んでいる。
何か理不尽だ。
ユーノは仏頂面になり、溜め息を吐く。
だが言った以上、約束は守らないといけない。
「絶対汚さないでよ? それと、きちんと持ち出し許可取らないとうるさいから、後で書類書いてもらうからね!」
「はいはい。今度、お礼にお菓子作ってあげるから。楽しみにしとってや」
満足そうに笑っているはやてを見て、思い切り溜め息を吐く。
出会った頃の大人しそうなはやては、どこに行ったんだろう、と。
いや、もしかしたら元々、こっちが素なのかも知れないのだけれど。
「何か失礼な事考えてへん?」
「いや、何も」
自分は顔に出やすいのだろうか。
顔に手を当ててみるが、よく解らない。
はやてが訝しそうに目を細める。
「……まぁ、ええわ。何にしても、なのはちゃんのええ想い出に残るような素敵な誕生日会にせんとね」
「想い出、かぁ」
書庫の話をしていた時も出たその言葉。
何か引っ掛かるものがある。
そう。
どうせあげるなら、なのはが喜んでくれて、想い出に残るようなものをあげたい。
「どしたん? ユーノくん?」
口元に手を当て、ぶつぶつ呟きだしたユーノにはやてが声を掛ける。
集中しているのか、はやての言葉は聞こえていないようだ。
目の前で手をひらひら翳してみるが、反応はない。
考える。
自分らしいもの。
自分らしい事なら、発掘だ。
なら、想い出に残るもの。
「僕らしいもの…発掘…想い出………あああぁぁっ!!」
「うひゃぁっ!?」
突如として、ユーノが大声と共に顔をあげた。
今度はネコだましでユーノを気付かせようとして、大きく手を広げていたはやてが、その大声に、その場から盛大に飛び退く。
「そうだよ! 想い出だよ! あれなら多分、なのはも喜んでくれる!」
考え込んでいたかと思ったら、突如大声を上げてガッツポーズを取りだしたユーノにはやては困惑する。
「ほ、ほんまにどないしたん?」
「なのはにあげるプレゼントが決まったんだよ!」
嬉しそうに自信たっぷりに話し出すユーノに、はやては目をパチクリとさせる。
まるで自分の方が、ネコだましを喰らった気分だ。
「そ、そうなんか。で、何あげるん?」
「それは当日のお楽しみ」
はやてが不満そうに唇を尖らせるが、ユーノはそんな事は気にせず、検索のために広げていた本を書架に収め始めた。
「さて。それじゃ、僕はその準備してくるから。許可書類は書いて帰ってよ?」
「分かってるよ……って、ちょっと! ユーノくん、仕事は!?」
はやてが止めようと声を掛けた時には、言うが早いか、片付けを終えたユーノの姿は書庫の入り口に向かっていた。
「あ、ユーノく……」
扉をくぐって外に出ると同時に、猛烈な勢いでダッシュしていくユーノ。
その背中に声が掛けられたのだが、聞こえてはいなかった。
ユーノが走り去った方向を見ながら、なのはが前に出しかけた手を止めて、呆然としていた。
「あ〜あ、行ってしもうた」
「はやてちゃん?」
ユーノの後を追うように書庫の入り口までやってきたはやてが口を開く。
「や、なのはちゃん」
「ユーノくん、どうしたの?」
「んー? 普通に話してただけやけど、何か思い出したらしくてな。あ、手ぇ貸してもらえる?」
書庫内は無重力であるが、本局の通路は有重力。
魔法で浮遊すれば問題ないが、安易に頼るのは良くない。
助けを借りつつ自らの足で歩き、外に置いていた車椅子に、はやては腰を降ろす。
「ふぅ、おおきに」
「どういたしまして。……でもユーノくん、どうしちゃったんだろ?」
心配そうに彼の走り去った方向を見つめるなのはに、はやてが微笑みながら声を掛ける。
「心配あらへんよ。きっと悪い事やあらへんから」
そう、決して悪い事じゃない。
もっとも勝手な早退は、管理局にとっては良くない事だが、と内心で呟くことも忘れない。
「それより、なのはちゃん。ユーノくんに用事やったんと違うの?」
「うん。開始時間お昼からだよって、ユーノくんに言ってなかったなって」
一番大事なことを告げ忘れていたなのはに、はやては思わず、おい、とツッコむ。
「なのはちゃんも意外とうっかり屋さんやね。フェイトちゃんの事言えんよ? ま、ユーノくんには後でメールしとき」
可笑しそうに笑いながら言うはやてに、なのはは乾いた笑いを浮かべるのだった。
◆ ◇ ◆
そして、誕生日当日の昼過ぎ。
翠屋。
なのはは、お祝いのごちそうと皆を前にして、少しだけ晴れない顔をしていた。
祝ってくれると言った中で、一人だけまだこの場に来ていない人物がいるのだ。
「……遅いな、ユーノくん」
「きっと、もうすぐ来るよ。なのは」
右隣に座っているフェイトが心配そうに声を掛ける。
結局、なのはの誕生日当日まで、ユーノはそのまま行方を眩ました。
急に休みを申請して通す方も通す方なのだが、勝手に抜けた分は他の司書たちがフォローに廻ってくれたそうだ。
それは良いのだが、肝心の誕生日会が始まっても、ユーノはまだ姿を現していないのだ。
既に予定時間より二十分も遅れていた。
「あ〜もう!! なのは、もう始めちゃいなさい!!」
「でも、アリサちゃん。ユーノくんがまだ来てないよ……」
すずかが袖を引っ張りながら、アリサを宥めるのだが、既におかんむりで限界を超えてしまったようだ。
「自業自得よっ!! 連絡も無しに遅れる方が悪いじゃない!!」
アリサの言葉に、なのはの表情に蔭が落ちる。
はやてに言われたとおり、時間のことはメールしておいたのだが、もしかして彼は気付いてくれなかったのだろうか。
やっぱり追いかけていって、ちゃんと伝えておけば良かったのだろうか。
そもそも時間の事は知らなかったはずだから、メールに気が付いていなくても、連絡があってもおかしくない。
……もしかすると、やっぱり迷惑だったのだろうか。
「……なのは、ユーノには悪いけど、先に始めちゃおう? せっかくのお料理が冷めちゃうよ」
そんな事をグルグルと考えているなのはに、フェイトが気遣うように声を掛けた。
「……フェイトちゃん」
「ユーノなら、きっと何か用事が出来て、遅れてるんだよ」
そう言ったフェイトの表情もあまり明るいとは言えない。
何しろ考えてみれば、無責任にユーノらしいものがいいなどと言ってしまったのは、自分なのだ。
「ホンマに……今、どこにいるんやろね。ユーノくん」
はやてにしても似たようなもので、思わず口から溜め息が漏れる。
「ユーノくんなら先に始めちゃってても、怒ったりしないわよ」
キッチンから出てきた桃子が、なのはの両肩に手を添えながら優しく告げる。
「…うん、そうだね。みんなにも悪いし、始めちゃおう!」
「よーし、それじゃパーッとやるわよ!」
なのはの声にアリサが手を叩き、皆の音頭を取る。
ロウソクに火を点け、皆がハッピーバースデー・トゥー・ユーを歌う。
ユーノが来ていないのは寂しいけれど、せっかく皆が祝ってくれているのに、これ以上、暗い顔なんてしたくなかった。
「ハッピーバースデー・ディア・なのは・ハッピーバースデー・トゥー・ユー」
皆の歌が終わって、いよいよロウソクを消そうとなのはが息を吸い込んだ時。
翠屋の扉が、勢いよく開かれた。
「ご、ごめん! 遅くなっちゃった!!」
肩で息をしながら開いた扉の先で立っていたのは、言うまでもなく。
先程まで、なのはの表情を曇らせていた原因の遅刻魔。
その人物の姿を見付けた瞬間、なのはの表情はパッと喜色に染まった。
「ユーノくん!」
なのはの声に、皆が一斉に振り向くのを見て、ユーノは一歩後ずさった。
何しろ。
なのはを除き、ほぼ全員の視線が少なからず怒気を帯びていたのだから。
「……ユーノ、タイミング悪すぎ」
フェイトだけは同情の視線を向けて、こめかみを押さえる。
チラリと横に視線を送ってみるが、ほらやっぱり。
盛大に怒っていらっしゃった。
フェイトの視線の先でアリサがゆっくりと立ち上がるのが見えた。
そのままツカツカと歩いて、ユーノに近づいていく。
「え、えーと、ア、アリサ?」
ユーノの真正面まで来ると、無言でゲンコツがユーノの頭に振り下ろされた。
ゴッという鈍い音と共に、ユーノが頭を押さえる。
「痛っ!? いきなり何するのさ!?」
「シャラップ! こんの遅刻魔!! 約束の時間何分過ぎてると思ってんのよ!?」
アリサにピシャリと怒鳴り返されてしまい、ユーノは声を失う。
そのままアリサは両手で拳を作り、ユーノの頭を挟むと、もの凄い勢いでグリグリとこね回しだした。
「ちょ!? アリサ、痛い痛い痛いっ!」
「問答無用!」
アリサの為すがままにされ、手をバタバタ振っているユーノを見かねたのか、すずかが助け船を出した。
「アリサちゃん、なのはちゃん、困ってるよ……」
すずかの言葉を受け、アリサがなのはの方を見てみれば。
二人のやり取りに声を掛けるに掛けられず、上げた手を中空に引きつっているなのはが、そこにいた。
「むぅ。しょーがないわね。このくらいで勘弁してあげるわよ! なのはの誕生日だしね!」
ようやく手を離すと、アリサはズカズカと歩いて席に着いた。
「ユーノくん! 席こっちだよ」
なのはが嬉しそうに手招きをしてユーノを呼び寄せる。
こね回されボサボサになった頭を二、三度振りながら、ユーノはなのはの左の席へと腰を降ろした。
「ひ、酷い目にあった……」
「自業自得やん。遅れてくるなら連絡せんからよ」
向かいの席に座っていたはやてが、ユーノに呆れた目線を向ける。
「ユーノくん、どうして遅くなったの?」
すずかが不思議そうに声を掛ける。
少なくとも知り合ってから今まで、ユーノがなのはと約束した時に、無断で遅れるというところは見たことがなかった。
「そもそも、どこ行ってたんだよ?」
ヴィータが頭の後ろで手を組みながら、面倒くさそうに話し掛けてくる。
ユーノの話より、既に目の前の料理に、意識は向いているらしい。
「ちょっとね。スクライアに戻って来たんだ。バタバタしてたものだから、連絡も出来なくって。ごめんね、なのは」
「スクライアのみんなのところ?」
なのはの言葉に頷きながら、ユーノは苦笑する。
ユーノを見るなのはの嬉しそうな顔を見て、フェイトはホッとしていた。
ようやく、なのはらしい顔になった。
後は皆で楽しんでしまうだけだ。
「うん。何で戻ってきたかは、後のお楽しみね」
ユーノの言葉に、なのはは首を傾げ、はやてはなるほど、と思う。
大方、なのはへのプレゼントの為にスクライアへ戻ってきたのだろう。
そのために早退はするわ、一日休みは取るわと無茶をしたというわけだ。
「なるほどなぁ。でも遅れるなら、いっそ思い切り遅れてくればよかったんよ。少なくともアリサちゃんが食べるもん食べて、遊んだ後なら、そこまで被害無かったかもしれんよ? って、あ……」
しまった、と、はやてが舌を出す。
その言葉を受け、アリサはニッコリとはやてを睨んで、再び立ち上がり掛けた。
「ま、まあまあ。それより仕切直し。ほら、なのは。ロウソクを消して」
慌ててフェイトが宥めながら、なのはに灯を消すように促す。
「あ、うん。それじゃ消すね!」
皆が揃ったことでいつもの元気を取り戻したなのはが、勢いよくロウソクの火を吹き消していく。
最後の一本が消えると同時に誰からともなく拍手が上がった。
同時にいつの間に取り出していたのか、エイミィがクラッカーを鳴らしだす。
どうも鳴らす機会を狙っていたらしい。
「……エイミィちゃん、後で掃除は手伝ってもらうわよ」
さすがに店内でクラッカーはやり過ぎである。
桃子は苦笑しながら呟くのだが、娘の喜んでいる姿を見ては止めるのも無粋、と何も言わないことにした。
「おし! ほんなら、お待ちかねの誕生日プレゼントや!」
はやての声と同時に皆が用意してきたものをテーブルの上に置く。
「じゃあ。まずは、あたしたちからね!」
アリサとすずか、フェイトの三人がプレゼントの入った包みをなのはに差し出す。
包みを開けたなのはが、わっ、と声を上げる。
「これ! 欲しかったお洋服! ありがとう、アリサちゃん! すずかちゃん! フェイトちゃん!」
「喜んでもらえたら嬉しいよ、なのは」
フェイトとアリサ、すずかの三人がなのはの笑顔に満足そうに笑う。
「ほんなら、次は私らの番やね。私らの場合は、あらかじめ言うておいたけど」
「今、並んでるお料理が、八神家からなのはちゃんへのプレゼントです!」
シャマルがはやての言葉を引継ぐ。
「シャマルとシグナムは盛り付け手伝っただけだけどなー。ザフィーラはただの監督だったし」
横でヴィータが声を掛ける。
「あはは! ヴィータちゃんは何をしてたの?」
「ヴィータは私と一緒にケーキ作りに挑戦してたんよね?」
「おう!」
ヴィータが自信ありげに胸を張る。
「後、このフルーツタルトのレシピは、無限書庫の協力もあったんよ?」
「……正確には無理矢理持って行ったんだけどね。持ち出し禁止だって、いくら言っても聞きやしないんだから」
はやての言葉にユーノは苦笑する。
「もちろん、このタルトもあたしが手伝ってんだぞ!」
「ああ、通りで少し形がイビ…痛ぅ!?」
ヴィータの言葉にケーキとタルトを見たクロノが率直な感想を述べようとして、途中で止まった。
ギッと隣にいるエイミィをクロノが睨み付けるが、エイミィは涼しい顔だ。
だけど、瞳はしっかり物語っていた。
無粋なことは言うもんじゃない、と。
ハッと気が付き咳をして、クロノは誤魔化す。
何しろ、全て言葉に出した日には文字通り、鉄槌が下るだろうから。
「よ、よし。それじゃ、次は僕たちだな」
エイミィが待ってました、と持ってきた包みをなのはに手渡す。
「はい、なのはちゃん。あたしとクロノ君からね」
中に入っていたのは派手さは無いが、身に付けていても、ごく自然に見えるブローチやブレスレットなどのアクセサリ。
「え、ええ!? エイミィさん。いいんですか? これ、きっと高いんじゃ……」
「あはは、大丈夫、大丈夫! クロノ君が奮発したんだから。ねー、クロノ君?」
エイミィが手を振りながら、クロノに声を掛ける。
「……そうなんだ。ありがとう、クロノくん」
「あ、ああ。喜んでもらえたらいいんだ」
なのはが嬉しそうにクロノに声を掛けるが、クロノの表情は少々複雑そうだった。
何しろ、なのはの言うとおり。
高かった。
(自業自得だね)
(そうやね)
よく分からないからといって、他人任せに丸投げするからそうなるのだ。
なのはは分かってないようだが、クロノの表情を読み取ったフェイトとはやては念話で苦笑していた。
「……それじゃ、最後は僕かな?」
ユーノがテーブルに置いたバッグから、包みを二つ取り出してテーブルに置く。
大きな包みと小さな包み。
ゆっくりとした手つきで、まず大きな包みを解いていく。
「……スタンドライト?」
取り出されたものを見て、フェイトが首を傾げる。
包みを解いて現れたのは確かにスタンドライトの様なものだった。
スタンドの中央に窪みがあり、そこにライトらしきものがある。
「……えと、ユーノくん、これ何?」
「それは全部見てからのお楽しみ」
少し意地悪そうに笑うユーノに、なのはが頬を膨らませる。
なのはの可愛らしい行動に苦笑し、ユーノは次の小さな包みを開く。
包みの中から現れたのは人差し指大の桜色をした水晶。
色も鮮やかなのだが、何より透明度がかなりのものだった。
「キレイだわ……」
思わず見惚れたのか、アリサの口からそんな呟きが漏れた。
エイミィが、はて、この水晶どこかで見たような、と首を捻る。
ああなるほど、とクロノが呟く。
「クロノ君、知ってるの?」
クロノの呟きを聞き取ったエイミィが問うが、クロノは見てれば分かるさ。と、告げるだけ。
「なのは。この水晶を手に持ってみて」
「こ、こう?」
ユーノに手渡され、なのはは手の平の上に水晶を置く。
「うん、そんな感じ。そしたら、ちょっとでいいから、水晶に魔力を流してみてよ」
「魔力を? 何で?」
やってみれば分かるよ、と笑うユーノ。
なのははユーノに言われたとおりに、水晶に軽く魔力を流す。
なのはの魔力を受けると同時に、ほんの一瞬だけ水晶が輝いた。
「うん、それでいい。それじゃ、その水晶をこのスタンドに置いて」
なのはがスタンドの窪みに水晶を置く。
それを確認すると、ユーノはスタンドに付いていたスイッチを押した。
スタンドの窪みから光が照射され、水晶を下から照らす。
水晶を透過した光が、中空にプリズムのように反射して映し出される。
「あれ? 何か写ってる?」
その反射した光の中に、何か写っているのをなのはが見つけた。
ユーノが笑って光を調節する。
調節され、光の中でぼやけていたものが、ハッキリと映し出された。
そこに映し出されたのは、なのはを中心にテーブルを囲む皆の姿。
「これって……」
「どう? 面白いでしょ?」
映し出された光の像を見るなのはたちに、ユーノはニコリと笑う。
「あ〜っ!! 思い出した! その水晶、メモリクリスタルだ!」
映し出された光の像を見たエイミィが大声を上げた。
「よく知ってるね、エイミィさん。その通り。この水晶はメモリクリスタルっていってね。魔力に反応して、周囲の景色を中に焼き付けちゃう不思議な水晶なんだ」
待ってましたとばかりに、ユーノが皆に説明を始めた。
発掘や考古学の話になると、ユーノの目は輝きを増し、口数も増える。
「少量の魔力で充分に使えるし、一度刻み込んだ風景は消えることがない。それでメモリクリスタルって言われてるんだ」
「へぇ〜、すっごぉい!」
なのはが水晶を手にとって、天井のライトに翳す。
一見するとただの綺麗な水晶にしか見えない。
「普通なら周囲の魔力を吸っちゃってて、色んな風景を記録しているのが、当り前なんだけど。これ、見付けた時は何も記録していなかったみたいなんだ」
「……ねえ、もしかして。ユーノくんがこの水晶を見付けたの? これを取りにスクライアに?」
水晶をスタンドに戻し、ユーノの方を向きながら、なのはは訊ねる。
「うん、まあね。見つけたのは三年くらい前だったかな。本当なら、この水晶が出土するような場所じゃなかったんだけど、たまたまね」
懐かしむように笑って話すユーノ。
そんなユーノを見て、なのはは、もらっては悪い気がしてきた。
「……でも、いいの? こんなもの、もらっちゃって? ユーノくんの大切なものなんじゃ……」
「大丈夫だよ。それは見付けたやつの一部から、切り出したものだから」
でも、と、なのはから出かけた言葉を手で制して、ユーノが言葉を続ける。
「なのはの想い出に残るものをあげたかったんだ。これなら色んなところで、色んな想い出を刻めると思ったから。……大したものじゃなくてゴメンね」
「そんなことない! ……ありがとう、ユーノくん!」
なのはのその言葉に、ユーノは満足そうに頷く。
「お礼ならフェイトとはやてに言ってよ。二人がヒントくれなかったら、これの事はきっと思い出せなかった」
「そうなんだ、ありがとう! フェイトちゃん、はやてちゃん」
「私たちは何もしてないよ」
「そうそう。考えたんはユーノくんや。確かに、ユーノくんらしいプレゼントやね」
なのはが二人の方を見ると、二人とも気にするな、と笑顔で首を横に振る。
「ん? 何か別の像が写ってないかい?」
ふと、そこで会話に参加せず、料理に夢中になっていたアルフが何かに気付いてそれを指差した。
アルフの言葉にユーノは「えっ?」と声をあげる。
「あれ? ホントだ。何か別の像が写ってるね」
確かに何かが写っている。
フェイトがアルフの指差す方向を見て同意する。
ユーノは、背に汗が流れるのを感じた。
そんなはずはない。
切り出した時に、きちんと確認したはずなのに。
「何だろう?」
なのはが光を調節する。ユーノの操作を見て、一回で覚えてしまったらしい。
「わぁ!? なのは、駄目っ!!」
「へっ?」
なのはが、きょとんとするが、止めるより前に操作してしまい、ピントは合ってしまった。
映し出された光の像を見て、まず誰かが最初に吹き出した。
そして、次には誰からともなく始まった笑い声が、翠屋の中に響き渡る。
そこに映し出されたのは。
今より幼いユーノが顔を真っ黒にして、目を輝かせながら、覗き込んでいる姿だった。
「あははは! ユーノくん、可愛い〜!!」
「わぁっ!? みんな、見ないで! 見ちゃ駄目っ!!」
自分の恥ずかしい格好を見られ、ユーノは顔を真っ赤にしながら、慌てて像の前に立つ。
当り前ながら、光なのだからそんな程度で隠せるわけもない。
もの凄い勢いでスタンドのスイッチを切ると、水晶を掴もうとして……。
横から出た手に水晶をかっ攫われた。
「な、なのは。ご、ごめん。……それ、返してもらえるかな」
ニコニコしながら水晶を手に持っているなのは。
「ユーノくん。さっきのって、この水晶を発見した時だよね?」
すっかりお話聞かせてモードになってしまったなのはに、ユーノはガックリと項垂れ肩を落とす。
クロノがニタニタと笑っている。
ぶっ飛ばしたい衝動に駆られるが、行動に出るよりも周りの皆からも、この面白映像は何なんだ的な視線が飛んできていた。
白状するしかないようだった。
「……見つけた時ね。自然の落とし穴に落っこちたんだよ。で、落ちた先が真っ暗だったから、灯りに魔法使ったら、たまたま光ったのが、それだったんだ」
「で、その結果。泥だらけのマヌケ顔が写ってしまったわけだ」
クロノが実に面白そうに笑う。
また、からかうネタが増えたとでも言うつもりなのだろう。
嘆息してから、水晶を眺めているなのはに話し掛ける。
「ごめん、なのは。どうも、切り出した方と、元の方を間違えて持って来ちゃったみたいなんだ。今度、きちんとしたの渡すから……返して?」
「えへへ〜。やだ」
ダメ元で聞いてみたが、案の定に笑顔でそう返されてしまった。
「そんな〜」
「だって。もう、一回使っちゃったもん」
「恥ずかしいんだよ。お願いだから〜!」
「……それに、ユーノくん。想い出に残るものあげたいって、言ってくれたじゃない。だから……もらっちゃ駄目?」
駄目?と、首を傾げるなのは。
その顔にユーノは観念した。そんな顔をされては断れない。
何より駄目と言ったりでもしたら。
まず、いつの間にか、後ろで指を鳴らしていらっしゃるアリサに、イガグリスペシャルをお見舞いされるだろう。
その後、他の女性陣からもバッシングの嵐に遭うこと請け合いだ。
結局、あまり知られたくなかったユーノの昔の失敗は皆に知られてしまい、その記録はなのはのものとなってしまうことになった。
◆ ◇ ◆
「あはは、今日は楽しかった〜」
ボフッと音を立て、なのはが自室のベッドに転がる。
ユーノもそんななのはを見ながら、床へと腰を降ろす。
誕生日会を終え解散した後、ユーノは高町家を訪れていた。
本当は終わったら、すぐ帰るつもりだったのだが、桃子が夕食も食べて帰りなさい、と誘ってくれたのだ。
「……僕は、見られたくないものも見られたけどね。特にクロノに」
「でも、あのユーノくん可愛かったよ?」
なのはがブスッとしながら話すユーノにクスクスと笑う。
可愛いと言われてしまい、ユーノの表情は更に複雑さを増した。
「……でも。楽しかったよ、本当に。あ〜あ、随分と損してたのかなぁ」
少し寂しそうな声で話すユーノの声に、なのははベッドから身体を起こした。
「ユーノくん?」
見てみれば、ユーノは立ち上がって、こちらに背を向けながら話している。
「……僕さ。誕生日が分からないんだ。お祝いはしてもらってたけど、いつも誰かと一緒にだった。だから……自分だけの誕生日って感覚が分からなかったんだ」
「…ユーノくん……えっと…」
「……でも。今日、なのはが嬉しそうに笑ってるのを見てたら、僕も嬉しかったし、本当に楽しかった」
そう言って、ユーノは顔だけをこちらに向けて微笑む。
だけど。なのはには、その笑顔は辛いものを押し隠そうとしているように見えた。
「でも……やっぱり羨ましいのかな。なのはに誕生日があるのが。……フェイトも誕生日が分らないって言ってたけど、フェイトは誕生日を手に入れる事が出来た。きっと、なのはみたいにああやって、笑える」
それが、ちょっただけ羨ましいや。ユーノは、そう寂しげに笑って、前を向いてしまう。
「……情けないよね。友だちに嫉妬したりして」
「ユーノくん……」
背を向けていて、ユーノの表情は見る事が出来ない。
だけど、なのはにはその背中を見るだけで、どんな顔をしているか分かった。
「そういえば。こうして、なのはの部屋に来るのも久しぶりだね」
話題を変えようと、ユーノは話を切替えてしまう。
この部屋で過ごしていたのは、そんなに昔ではないはずなのに。
実際、何故か懐かしく感じた。ふと、机の上に置いてあったバスケットに目が留まる。
「まだ置いてあるんだ。このバスケット」
ユーノはバスケットを手に取ってみる。人の姿で持つと、やはり小さく感じた。
何と話し掛けていいか分からず、なのはは机の前に立つユーノの後ろ姿を見る。
ボサボサになっているユーノの髪の毛が目に留まった。
思いついたように近くに置いてあったブラシを手に立ち上がると、ゆっくりとユーノに近付いていく。
スッと、後ろ髪になのはの手が触れるのを感じて、ユーノは振り返ろうとした。
「ジッとしてて、ユーノくん。髪の毛ボサボサだよ?」
元々ボサボサだった髪の毛は、アリサにこね回されたせいで、余計にボサボサになっていた。
ゆっくりとした手つきで、なのははユーノの髪をブラシで梳いていく。
「アリサちゃん、やりすぎだよ。ものすごいボサボサになっちゃってる」
「多分、全部がアリサのせいじゃないと思うよ。手入れなんて面倒だから、全然してないし、伸び放題だし」
なのはに髪を梳いてもらいながら、ユーノはそう話して苦笑する。
「……そういえば、いつ会いに行っても、お手入れしてるようには見えないね。てっきり伸ばしてるんだと思ってた」
あはは、と誤魔化すように笑うユーノ。
「……ねぇ、ユーノくん」
「何?」
「さっき、友だちに嫉妬するなんて、情けないって言ったよね」
ユーノが、うん、と返す。
ブラシを持つなのはの手が、少しだけ強ばる。
「別にいいと思うんだ。私だって、フェイトちゃんやみんなが羨ましいって、思うことあるもん」
「……なのは?」
振り返ろうとして、動いちゃ駄目、とまた、なのはに止められる。
「羨ましいなんて言ってたら。私、何回ユーノくんに嫉妬したか、分かんなくなっちゃうよ」
「なのはが僕に? 信じられないな」
「でもホントだよ?」
にわかには信じられない言葉だった。なのはが自分なんかに嫉妬するなど。
「だってユーノくん。私より物知りだし、裁判の時だって、私より先にフェイトちゃんに会えたし。他にも色々言い出したら、きっとキリが無くなっちゃう」
力無く笑うなのはの言葉に、一瞬きょとんとしてユーノは吹き出した。
まさか、そんな些細な理由で嫉妬されたことがあったとは思いもしなかったから。
「笑わないでよー。ユーノくんは頑張ってくれてたのに嫉妬しちゃって…。これでも結構気にしてたんだよ?」
「……そうだったんだ」
「…でも、帰ってきたフェイトちゃんとユーノくんを見たら、勝手に嫉妬して馬鹿だったなって、思った」
ブラシを掛け終え、なのはは机に置いてあった手鏡をユーノに渡す。
手鏡を覗き込みながら、ユーノは髪の毛を摘んでみた。
鏡越しに見えるユーノの顔。
その顔を見て、なのはは言葉を続ける。
「……ねぇ、ユーノくん」
「何?」
「ユーノくんが情けないと思うんなら、嫉妬しちゃうその理由を、無くしたらいいと思うんだ」
「理由を無くす……?」
「うん。だから、ユーノくんの誕生日。今、決めちゃおう?」
なのはの提案の言葉に、ユーノは目を丸くする。
そんなこと考えてもみなかったから。
なのはがユーノの両肩に手を置いて優しく話し掛ける。
「ユーノくんに誕生日が無いなら、作っちゃえばいいんだよ」
「誕生日を作るって、そんな簡単に……」
「フェイトちゃんだって、誕生日は後で決めたんだよ?」
言われてみれば、そうだった。
ハラオウン家の養子になったことで、フェイトは誕生日を手に入れられた。
なら、自分だって自分で誕生日を決めてもいいのではないか。
何故今まで気が付かなかったのだろう。
なのはの言葉に苦笑しながら、ユーノはなるほど、と頷いた。
「……でも、僕はそんな記念になる日なんて無いしなぁ」
「あるよ!」
せっかくのアイディアも、記念になるような日が無ければ意味はない。
だが、そんなユーノの呟きに、なのはは自信たっぷりに笑顔で答える。
「私にとっても。ある意味みんなにとっても。とっても大切な記念日」
「なのはにも……みんなにも……?」
なのはの言葉に首を傾げながら、ユーノは考える。
そんな日があっただろうか。
答えが分かっていないユーノに、なのはは苦笑する。
なのはたちが入局した日。違う。
じゃあ、僕が入局した日。違う。
あれは別に大事じゃないし。
みんなと逢った日も違う。
だったら……。
何かに思い至り、ユーノが顔を上げる。
「分かった?」
「……ひょっとして、僕となのはが出逢った日?」
「うん♪ 正解」
そう、あの日。
なのはが初めて魔法と出逢った日。
そして、ユーノと出逢った日。
「……確かに想い出の日だけど、みんなにも大事な日かなぁ?」
「あの時、ユーノくんの助けが無かったら、フェイトちゃんと今も一緒にいられたか分からないよ。はやてちゃんたちだって」
「そうかなぁ」
自信なさげに答えるユーノになのはは、そうだよ、と笑い掛ける。
「そう言ってもらえるなら……そうなのかな。…でも、だったら今年はもう過ぎちゃったね。僕の『誕生日』」
ユーノはそう言って苦笑する。今年は出逢った日を既に過ぎていた。
「そうだね。でも、これで来年はみんなで一緒にユーノくんのお誕生日会出来るよ?」
「……そっか。そうだね」
なのはの大好きな笑顔で、嬉しそうに笑ってくれたユーノに嬉しくなって、なのはも笑顔をユーノに返す。
その時、肩に置いていた手にユーノの伸びた髪の毛が触れた。
「そうだ!」
「なのは? どうしたの?」
何かを思いついて、なのはは自分の髪を留めていた片方のリボンを解きだした。
「ちょっと、ジッとしてて」
ユーノの髪を軽く手で梳いて束ねる。
解いたリボンに低い位置で束ねた髪の毛を巻き、結んで留める。
俗に言う一本結びという留め方だ。
「これでよし、と。うん、似合ってる」
「リボン?」
「結んでたら、伸びてても変じゃないよ。誕生日プレゼントにもならないけど、受け取って?」
リボンに触れて、ユーノは手鏡を覗く。
「いいの? もらっちゃって。このリボンだって大事なものなんじゃ…」
「私は今日、ユーノくんの大事にしてたものを貰ったよ?」
振り向いてなのはの顔を見てみれば、水晶を手に、満足そうに笑っていた。
「そっか。なら、おあいこだね」
「うん♪」
「あ、でも、なのは。リボン片方だと、バランスが悪いんじゃ」
「大丈夫だよ。他にもリボンはあるし、それにこうすれば……」
片方を結んでいたリボンを解くと、左側に髪を束ねてサイドテールに結び直す。
「どうかな?」
「あ、う、うん。似合ってる」
「えへへ、ユーノくんもね」
朗らかに笑うなのはの顔に、ユーノは思わずドキッとした。
ちょっと髪型が変わっただけなのに、女の子は雰囲気が変わるものなんだな、と。
「ユーノくん、いっそ髪の毛、伸ばしたらいいよ。リボンも似合ってるし」
「……そうだね。せっかくリボン貰ったんだし、そうしてみるよ。ありがとうね、なのは」
互いに微笑んで、どちらからともなく、笑い出す。
「なのはー、ユーノくーん、晩ご飯よー」
下から桃子の呼ぶ声が聞こえた。
気がついてみれば、もう食事時になっていた。
「はーい、行こ! ユーノくん」
差し出されたなのはの手を見て、ユーノは満足そうに笑みを作る。
(僕の『誕生日』…か。なのはは凄いな。僕は…なのはに出会えて本当に良かった)
「ユーノくん?」
なのはが、どうしたの、と問いかける。
何でもないよ、と笑い返して、ユーノはなのはの手をとった。
なのはは一瞬だけ不思議そうな顔をするが、すぐに笑顔になってユーノの手を引いて歩き出す。
「あ、そうだ」
部屋を出ようと、扉を開いたところで、なのはが思い出したように声を上げた。
「どうしたの?」
「うん、これだけは言っておかないと。お誕生日おめでとう! ユーノくん」
「あ…。ありがとう、なのは。あはは、何か、照れるな…」
照れくさそうに、だけど、嬉しそうに笑うユーノ。
なのはは笑顔で頷き、再び歩き出す。
トントンと二階から聞こえてくる二つの足音。
手を繋いで笑いながら、一階へと降りてきた二人を見て、桃子は目を丸くした。
なのはは髪型を変え、ユーノは、なのはのリボンを後ろ髪に巻いていたから。
何か楽しそうに笑っている二人を見て、桃子はクスクスと笑いがこみ上げてきた。
「お母さん、どうしたの?」
自分たちを見て、笑っている桃子になのはが不思議そうに話しかける。
「何でもないわ。それよりお皿並べてちょうだい」
「はーい」
「あ、僕も手伝うよ」
食器棚に向かうなのはを追おうとするユーノに桃子は声を掛けた。
「リボン、似合ってるわよ? ユーノ君」
「あはは、ありがとうございます」
少しだけ恥ずかしそうに笑って、ユーノは食器棚に向かう。
二人で食器棚から皿を出すのを見て、桃子の顔から、再び笑みがこぼれる。
何の話をしていたのか知らないが、それはきっと良い事なのだろう。
食事をしながら、聞いてみるのも面白いかも知れない。
食卓に料理を並べ、皆を呼びながら桃子はそんなことを思うのだった。
余談。十年後の高町家にて。
昼下がりの陽光が差し込むリビング。
その中空に映し出される光の像。
なのはは一人、今まで刻んできた想い出を確認するように、ひとつひとつを映し出していた。
ふと、スタンドを操作していたなのはの手が止まる。
映し出されたのは、この水晶を貰った時の光景。
そして、ユーノの真っ黒な顔。
「あはは、やっぱりユーノ君可愛いなぁ」
微笑んだ後、吹き出した。
そう、実は十年前、一番最初に吹き出したのは他の誰でもなく、なのはだった。
「もう、十年も経ったんだなぁ」
そう言って、チラリと視線を横に送る。
視線の先で、休日で遊びに来たユーノがヴィヴィオに抱き付かれたまま、眠っていた。
その微笑ましい光景にまた吹き出す。
昼食後、胃が満たされたからか、ユーノは眠気に負け、そのまま眠ってしまった。
起こしてはいけない、とヴィヴィオに言い付けたら、何を思ったか、ヴィヴィオまで一緒になって、眠ってしまったのだ。
「……こらぁ、ヴィヴィオー。ママ、ちょっとだけ羨ましいぞー」
幸せそうに眠っている娘の頬をつつき、起こさないようにそっと囁く。
うにゅ、と声を上げると、ヴィヴィオはユーノの胸に潜り込むように顔を埋めてしまった。
そんな娘の行動にクスクスと笑って、なのはは、ふと、イタズラを思い付いた。
意地の悪い笑顔でニッと笑うと、スタンドの上の水晶を手に取り、眠っている二人の方へと向け、そっと魔力を込めた。
本当にこの水晶は残したい想い出を刻み込むのに重宝している。
撮れた像を確認して、なのはは笑って、よし、と頷く。
この光景を二人に見せたら二人とも、どんな顔を見せてくれるだろう。
きっと、ユーノは十年前に見せてくれたような顔をしてくれるだろう。
ユーノから貰った大切な想い出。
これからも先も、ずっとこんな風に想い出を増やしていけたらいいな。
そんなことを考えながら、眠っている二人の髪をそっと撫で、呟く。
「……嫉妬する理由を無くせばいい、か」
十年前に自らが言った言葉を思い出し、苦笑すると、ヴィヴィオを挟むようになのはも横になった。
穏やかな昼下がりの陽光が差す家の中。
二つの寝息が、三つになるのに、さほど時間が掛かることは無かった。
了
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『真夏の夜の夢』さま主宰「機動六課勤務日誌U」より、修正&再掲載。
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