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その晩、なのはは実にご機嫌だった。
鼻歌交じりにお風呂から上がると、身体を拭いて手早くパジャマへと着替えていく。
なのはの次にユーノがお風呂に入る事になっていた。
ふたりで出掛けたその日。
なのはを家まで送っていったユーノは高町家の人々に捕まってしまい、お泊まりする事になってしまった。
軽い溜め息混じりに遠慮を交えて苦笑するユーノだったが、遠慮する事は無いという士郎のひと言で決定してしまった。
まぁ、さすがにユーノ本人の希望で寝る場所は客間となっていた。
もし、ユーノが言わなかったら、なのはの部屋となっていたであろうことを考えてみたら、ちょっと残念ではあったが。
久々にフェレット姿で寝ているユーノを見ていたら、部屋に置いてあるバスケットで眠っているところを何となく見てみたかったという気持ちもあったから。
別に一緒に寝たとしてもユーノが何かするような事は無いというのも信じているし。
そう考えると、風呂上がりのほんのり赤い顔で一回だけ軽い溜め息を吐き、お風呂場を後にした。
「ユーノくん、お待たせー」
濡れた髪を乾かしながらリビングへと足を踏み入れて、くつろいでいるであろうユーノの姿を探すが見当たらなかった。
先ほど、お風呂に入る前にリビングにいたはずなのに。
まさか、急に帰るなどということはしないだろうから、客間に行ったのだろうか。
そう首を傾げるなのはにリビングのソファに座っていた桃子が声を掛けた。
「なのは、こっちこっち」
「お母さん?」
桃子の手招きに呼ばれるままに傍に寄ってみれば、居たはずのユーノが見当たらない訳はすぐに分かった。
ソファをベッド代わりに実に気持ちよさそうに眠っていたから、隠れていて見えなかっただけだった。
「さっきまで、テレビ見てたと思ったんだけどね。お茶でもと思って、持ってきてあげたら、ご覧の有り様だったから」
桃子が苦笑しながら、ぐっすりと眠っているユーノの髪を撫でてやる。さすがにソファだけでは硬いと思ったのか、桃子が自分の膝を枕代わりにしてやっていた。
その姿になのはの頬がぷっくりと膨れ出す。今日の昼間、ユーノが昼寝した時に膝枕し損ねた事を思い出して、何となく母にズルイと思ってしまったのだろう。
「なのは、どうかしたの?」
「べつにー」
桃子が問いただすが、ブスッとして、なのはは更に唇を尖らせる。娘の態度に気が付いてか、クスクス笑いながら桃子が言葉を続けた。
食卓の椅子に腰掛け、新聞を読んでいた士郎が顔を上げ、二人の様子に苦笑する。
「ふふ……なのは。ちょっと代わってもらえる? お母さん、毛布取ってくるから」
「ほえ? うん! 代わる代わる!」
「こら。大声出したら、ユーノ君起きちゃうでしょ?」
口元に人差し指を当て、なのはを注意すると、なのはは慌てて、口に手を当てて黙り込んだ。
満足げに笑うと、桃子は起こさないようにユーノの頭を支えながら、なのはと交代した。
「それじゃ、お願いね」
「うん♪」
寝ているユーノを膝枕してやったことで機嫌が直ったのか、ニコニコと笑い出すなのはにクスクスと桃子が声を押し隠しながら笑って、リビングを後にした。
「なのはー、ユーノもうお風呂入ったー? 次、私入りたいんだけど……って、ひょっとして、ユーノ寝てる?」
「あ、お姉ちゃん。ユーノくん、寝ちゃってるから……」
入れ替わりにやって来た美由希が、すぐに様子に気が付き、ニンマリ笑うと傍へとやって来て、二人の正面へと回り込む。
「お姉ちゃん?」
「んっふっふー。うりうり」
何をするのかと思ったら、なんとしゃがみ込んで、あろうことか眠っているユーノの鼻先を突つき出した。
昼間、自分が同じことをやったのは棚に上げて、慌ててなのはがその手を止めに入る。
「ちょ、ちょっとお姉ちゃん! ユーノくん起きちゃうよ!」
「んー? そうでもないと思うよ? 昔、フェレットで昼寝してた時に鼻先突ついても、くすぐったそうにするだけで、割と目を覚まさなかったからね」
「……そうなの?」
勝ち誇ったように笑って、またユーノの鼻先を突つく美由希に、なのはは一瞬、キョトンとするが、すぐにハッとしてまた止めに入る。
「って、お姉ちゃん! ユーノくんをフェレット扱いしないでってば」
抗議するなのはの片手が振り上がったところで、美由希は大げさに身を振って、パッと飛び退いて距離を取る。
音を殆ど立てない辺りはさすがと言うべきか。
「おっと、退散退散。それじゃ、お風呂先にもらうねー」
「もー……」
なのはの抗議の声を背に受けながら、美由希はリビングから逃げるように飛び出していった。
替わりに桃子が毛布を持って、リビングへと戻ってきた。
「今、美由希が走って行ったけど、何かイタズラでもしたの?」
「にゃはは、ちょっとね……」
あれだけされても起きる気配のないユーノにさすがになのはも呆れるが、ひょっとしたら、本当に今日は疲れていたのでは、と不意に頭に過ぎった。
もちろん、ユーノのことだから、絶対にそんな事無いと言ってくれるのも分かっているけど。
それでも、そう思うと、引っ張り回して悪かったかなと反省した。
「はい、毛布。それとこれ羽織ってなさい」
「うん、ありがとう。お母さん」
ユーノに毛布を被せ、なのはが湯冷めしてはいけないと思ったのだろう、桃子は自分の羽織っていたカーディガンをなのはの肩に掛けてやった。
「さて、これだけグッスリだと、しばらく起きそうにないわね。何か飲む物でも作りましょうか」
「あ、お母さん……」
「キャラメルミルク?」
なのはが言いたい事はすぐに察したのだろう。桃子が皆まで言わずとも分かっていると頷いて、キッチンへと向かう。
途中、食卓で新聞を読みふけっていた士郎に声を掛けた。
「あなたもいりますか? キャラメルミルク」
「もらおうかな……しかし」
新聞から目を上げず、何か呟きかけた士郎に桃子は首を傾げる。
「しかし、何ですか?」
「いや……少し、ユーノ君がうらやま………ゴホン、何でもない」
別に二人には他意はないのだろうけれど。客人に娘と妻を占領された気分で面白くなかったのだろうか。
自分の娘と同い年である男の子に微笑ましい嫉妬を向ける夫に、桃子は軽く吹き出してしまう。
「あなただって、ユーノ君のこと可愛がってるくせに」
「いや、まぁ、そうなんだが……」
クスクスと笑うと、ブスッとする夫の頭を優しく撫でながら、桃子はキッチンへと入っていった。
どうせ言ったところで、女には敵わない。
ソファの方でニコニコしているなのはに目をやると、軽く苦笑して士郎は静観するに限ると決め込んで、再び新聞へと顔を沈めてしまうのだった。
少しして、なのはが寝ているユーノの頭を気持ちよさそうに撫でているところへ、キャラメルミルクを注いだカップをふたつ持って、桃子が戻って来た。
「はい、なのは」
「えへへ、ありがと。お母さん」
カップをひとつをなのはに渡し、桃子自身は二人を眺めるようにソファの背越しに腰掛ける。
「ホントにユーノ君、よく寝てるわね」
「うん………。多分、無限書庫のお仕事で疲れてたんだと思う」
暖かなカップを両手で包みながら、なのはが少しばかり顔を曇らせる。
よくよく考えたら、ユーノは本当は休んでいたかったのかもしれないのに。
こんな風にすぐに寝てしまうなら、無理に呼び出すような形で、こっちに来させたりしなければよかった。
「なのは、何となく思ってる事、お母さんにも分かるけど。そう思っちゃうのはユーノ君に失礼よ?」
「………お母さん?」
母の言葉に顔をそちらに向けると、頭の上に桃子の手が優しく降りてきた。そっと撫でてくれるその手になのはの目が細まる。
「確かにユーノ君の性格なら、なのはがお願いしたら無理してでも来ちゃうかもしれないわ。でもね、なのは。ユーノ君が何で無理しちゃってでも来るか、分かる?」
桃子の言葉に頷く。そんな理由は実に簡単。だって、自分もそうだから。
「あなたと一緒に居たいから。あなたの笑顔が好きだからよ。それは、あなたもそうでしょ? なのは」
「うん……」
「あなたとユーノ君はよく似てるわ。お母さん、見てたら分かる。それにね……」
「それに………?」
「ねぇ? あなた♪」
急に桃子に話を振られ、新聞越しに士郎が盛大に咽せる音がした。
そのまま身体の向きを変え、二人に対して、背を向けてしまう。
「お父さん、どうしたの?」
「………ふふ、さぁ? ただね」
クスクスと桃子が笑って撫でていた手をなのはの頭から退ける。片手に持っていたカップを背を伸ばして、テーブルの上に置くと、空いた両手をなのはの肩に載せ抱き寄せる。
そのまま、なのはと眠っているユーノを見比べながら、そっとなのはの耳元で囁いた。
「……男の子っていうのはね。割と意地っ張りだから。あなたの前だと、ユーノ君、どうしても頑張っちゃうでしょ?」
そういえば、自分がお願いした時は、用事が入っていたら、大抵それを無理矢理に片付けてでも、ユーノは自分との約束をいつも優先してくれていた。
「あなたに喜んで欲しいから。つい頑張っちゃうのよ」
桃子が笑いながら、二人に向けていた視線をそっと士郎の方へと向けた。
桃子の視線に気が付いたのか、恐る恐るといった顔で士郎がこちらを向く。
目が合ったと思ったら、すぐに顔を背けて、大きく咳払いすると、立ち上がり、士郎はそそくさとリビングから逃げるように出て行ってしまった。
「……お父さん、ホントにどうしたんだろ?」
「ふふふ、似たような経験、お父さんにもあるのよ。きっと」
父の様子にキョトンとするなのはに、桃子が声を押し隠して笑い出す。
若い頃は士郎も割とそうだったのだろう。桃子との約束を優先して、無茶をしたこともあったのかもしれない。
「確かにあまり我が儘を言うのは良くないわ。だけど、言っちゃった後で、ユーノ君がそれに応えてくれたのなら、それを否定しちゃ駄目よ。絶対に」
「…………うん」
膝の上で眠るユーノに視線を落とすなのはの頭を桃子がもう一度、優しく撫でる。
「だから、なのは。そういう時は代わりに言ってあげなさい。『ありがとう』って」
「お母さん………にゃはは、そうだね」
そう言ってくれる母の言葉に笑顔で頷いて。
眠っているユーノに『ありがとう』と声を掛けようとしたところで、不意にユーノが寝返りを打った。
かすかにユーノが呻いて、重たそうな瞼が開く。
体の向きが変わったことで、顔が丁度、なのはのお腹辺りに埋まる状態になっていた。
柔らかな身体の感触と、お風呂上がりの石鹸の匂いで目が醒めたのだろうか。
メガネはこんな風に寝返りを打ったらいけないから、既に外してはあったけど。
「夜だけど、おはよ、ユーノくん」
ゆっくりと目を開けたユーノを見下ろしながら、なのはが楽しそうに笑う。
自分の置かれていた状況に気が付いたユーノが、この後、素っ頓狂な声と共に飛び起きたのは言うまでもなく、ユーノの声に飛んできた家人たちが揃って、彼をからかったのも、もちろん言うまでもないことである。
了
あとがき
土下座バージョン(何
ユーノ×なのは同盟2周年イベントに提出した『翡翠と桜と木漏れ日と』の夜のお話になります
膝枕は人間バージョンで見たかったという意見がありまして
なら、ということで思い切りしてもらおうじゃないの、、、で、書いてみると、桃子さん劇場でした(ぉぃ
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