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12月24日。
地球で言うところのクリスマス。
その日、無限書庫の一角。
無重力の中、検索するオッドアイの少女、高町ヴィヴィオのご機嫌は実にナナメだった。
母であるなのは、そしてフェイトがエリオやキャロも連れ立って、ささやかにだが自宅でクリスマスパーティーを予定しているにも関わらず、だ。
まぁ、周りから見れば、ご機嫌の原因は火を見るよりも明らかではあるのだが。
検索でヴィヴィオの周囲を本が漂っているが、一緒に無重力に舞う長い金髪が何かを帯びたように逆立って見えるのは果たして気のせいだろうか。
「え、えーと、ヴィヴィオ………? そろそろ、機嫌直してくれないかな」
近寄りがたい雰囲気を放つ少女にたじろぎながら、無限書庫の司書長、ユーノ・スクライアは恐る恐る声をヴィヴィオに掛ける。
「……………自分の胸に手を当てて、それを言えますか? ししょちょー」
ブスッとした声で、日頃使いもしない敬語と司書長などという単語と共にジロリと睨み付けられて、ユーノは思わずその場を飛び退きそうになる。
10歳以上も年の違う少女に気圧されるとは何と情けないことか。
しかし、ヴィヴィオの不機嫌には少なからず、いや、大いにユーノも関係していた。
何しろ、クリスマスパーティーにはユーノも出席する予定になっていたのだ。
が、前日になって、仕事でドタキャン。
これにカンカンになったヴィヴィオは、当日になって、朝から無限書庫まで文句を言いに乗り込んできたのである。
まぁ、仕事を手伝っている辺り、文句は半分、サッサと仕事を終わらせてユーノを引っ張っていこうというのがヴィヴィオの本当のところなのだろう。
さすがにギョッとしたユーノが、休憩中にこっそり抜け出して、なのはに連絡を取ってみたが、夜になるまで好きにさせてやってのひと言だった。
なのはにしてみても、やはり年に一度のことであるし、来て欲しいという思いもあったのだろう。
画面越しに苦笑するなのはを見たときは、仕方ないといえ、さすがに悪いことをしたなとバツが悪かった。
しかし、ヴィヴィオの頑張りや司書達の努力があっても、結果的に仕事は片付きそうにもなく、そろそろ帰らさなければ、ヴィヴィオまでパーティーに間に合わないという事態になりかねなかった。
ヴィヴィオの不機嫌さは仕事が片付かない事への憤りの方が大きい。
「ヴィヴィオ。今日はもういいから、帰らないと」
「やっ!!」
聞き分けのない小さな子供のように頬を膨らませて、そっぽを向いて検索を続けようとするヴィヴィオにユーノは困ったように自分の頬を掻く。
「……だって、わたしもママもみんなも楽しみにしてたんだよ」
ユーノに背を向けて呟くヴィヴィオに苦笑すると、ユーノはその頭に手を載せて優しく撫でてやる。
「………悪いことしたとは思ってるよ。今度、みんなに必ず埋め合わせするからさ」
「うー………絶対だよ! 嘘吐いたら、なのはママと一緒にお話するからね!!」
「聖王陛下のご機嫌をこれ以上、損ねるようなことは致しません」
「へーかは禁止!!」
くすぐったそうに振り向きながら、頭を撫でていたユーノの手を掴んで、ヴィヴィオは強引に指切りする。
ますます苦笑を深めるユーノにあっかんべ、と可愛らしく舌を出すと、近くを漂っていた自分のリュックサックを手に取り出入り口の方へと無重力の中を舞っていく。
出入り口の扉の前で、ヴィヴィオは一旦立ち止まって、ユーノのほうを振り返った。
リュックサックから覗いていたユーノからヴィヴィオへのプレゼントらしいぬいぐるみの耳をちょっと摘むようにリュックを掲げて、ユーノにニコリと笑いかけた。
一日中、ご機嫌斜めだったヴィヴィオが見せた、今日初めての笑顔だった。
ユーノが恥ずかしそうに手を挙げて応えると、もう一回ヴィヴィオは笑顔を向け、そして再びあっかんべ。
プレゼントは素直に嬉しかったようだが、お許しをもらえたわけではないらしい。
開け放たれた扉から外へと駆けていくヴィヴィオの背を見送って、ユーノは軽く溜め息を吐く。
「そんなに落ち込むなら、一緒に行ったら、よかったんですよ」
「いつもみんなに甘えるわけにはいかないよ」
近くを飛んでいた部下の言葉にそう答えると、近くにいる司書達に聞えるようにパンパンと手を打つ。
「はいはい、無駄話はここまで。今日中に終わらせるよ、皆」
それぞれの応えが響き、無限書庫の至る所に魔法陣の光が増す。
ヴィヴィオの立ち去った方を一度だけ見直すと、もう一度、溜め息を吐いてユーノも検索を再開するのだった。
そして、それから数刻。
ようやく提出する資料が整った頃には、既に夜も遅い時間となっていた。
端末を開いて時刻を確認し、ユーノは軽く溜め息を吐く。
せめて行けなかったお詫びだけでもと思ったが、さすがにこの時間では起きていても通信を入れて良い時間ではない。
「だから、落ち込むくらいなら、一緒に行けば良かったんですってば」
「別に落ち込んではないよ。ただ、埋め合わせ、特にヴィヴィオとなのはへのをどうしたものかと思ってさ」
報告書を持っていくことになった司書が決裁の印を受け取り、やや暗い顔をしているユーノに、どのみち一緒じゃないですか、と苦笑する。
それもそうか、と二人して声を漏らして笑った後、ユーノは後を任せて、一足早く帰宅することにさせてもらった。
(食事もまだだし、どこかで適当に食べて帰ろう)
そう考えて、無限書庫の扉をくぐって管理局の廊下へと出たところで、予想もしていなかった人物が待ちかまえていた。
この時間なら、普通に考えてまずこの場所に居るはずのない人物。
「おつかれさま、ユーノ君」
「………なのは? 何でここに……」
あまりに予想外な人物の登場にボケッとするユーノになのはがクスクスと笑って、手に持っていたバスケットをちらつかせる。
「差し入れ。と言っても、残り物で悪いけど……」
「いや、食事してないから、それはありがたいんだけど。わざわざ、これを届けに来たの?」
ユーノの言葉になのはは楽しそうに笑う。
「ユーノ君、今日何の日だっけ?」
「えっと………クリスマス?」
「そ、クリスマス。クリスマスといえば?」
「………サンタさん?」
ユーノの反応を楽しむようになのははクスクスと笑いながら、人差し指を立てる。
「そ、サンタさん」
「………つまり、なのはがサンタさん、と?」
「そういうことです」
ユーノの結論になのはが満足げに頷いて、バスケットを片手にユーノの手を引いて歩き出す。
なのはに引きずられるようにユーノもまた歩を進め出す。
ユーノが歩き出すのを確認してなのはは引いていた手を離して、横へと並び立った。
「………本当はね。ヴィヴィオとフェイトちゃんに行ってあげてって言われた」
「え………?」
並び歩きながら、不意になのはがそう口にした。
「何となく私が元気なかったの分かったんだろうね。まぁ、ヴィヴィオは単純に来てくれなかったことにカンカンになってたのもあったんだろうけど。せっかくだから、うちのほうはフェイトちゃんに任せて来ちゃった」
娘の一日の行動になのはは恥ずかしさ混じりに苦笑する。
恐らくは昨日、ユーノが行けなくなったと連絡した際、なのはが落胆する姿をヴィヴィオは見ていたのだろう。
「……ごめん、なのは。せっかく約束してたのに土壇場で破ったりして」
「ううん……お仕事だもん。それに、こっちから来ちゃったしね」
少し屈むように下から覗き上げるなのはに、そっか、とユーノは微笑む。
もう一度だけ、ごめん、と謝ることも忘れずに。
「なら、せっかく持ってきてもらったんだし、食堂かどこかで食べようか?」
「あー、シャンパン入ってるから、さすがに局の中じゃまずいかも」
「用意のいいことで」
考えてみれば、最初からユーノが出て来るのを待っていたのだろう。
「今日の私はサンタさんだから」
「………強引なサンタさんも居たもんだね。まぁ、いいや。なら、うちでささやかに二次会?」
「二次会は私だけだよ」
それもそうだね、と笑い出すユーノになのはも釣られて笑い出す。一人で終わるかと思ったクリスマス。
たまには気遣ってくれる強引なサンタさんが居てくれたって、いいのかも知れない。
そう思うユーノだった。
了
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