「翡翠と桜と冬炬燵」
 
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『冬はやっぱりこたつでミカン』

 最初にそれを言ったのは、どこの誰なのだろう。
 少なくとも自分の目の前で、同じ台詞を言って、だらけきっている青年でないことだけは確かだが。

 冬休みの一日。年末年始の里帰りを利用し、高町家の居間に置いてある炬燵で暖を取るなのはが、編み物を手にクスクスと笑みをこぼす。
 彼女の反対側には同じく休暇を利用して、高町家に遊びに来ているユーノが炬燵に入って、背を丸めていた。
 更に言うと、家族から借りた半纏まで着込むという完全装備である。
「あー、何もしたくない……」
 そう呟きながら、ミカンを口に運ぶユーノに思わずなのはは吹き出した。
 あまりにも日頃の彼らしからぬひと言だから。
「珍しいね……そんなにだらけてるの」
「そうかな?」
 そう答え、ミカンを口に運ぶユーノを見ながら、編み物をしている手はそのままに、なのはが再びクスクスと声を漏らす。
 この後、ユーノは発掘が控えているらしく、ならその前にリフレッシュしたらいい、と連れだって海鳴へと戻ってきたのだが……。
 正直、この気の抜けざまは、珍しかった。
「うちで休んだらいいよ、とは言った手前、あまり言わないけど。少しはヴィヴィオを見習ったら?」
「あれを……?」
 なのはの声にユーノが窓のほうへと視線を向ける。

 二人が見たその先。

 雪が降る中、ヴィヴィオとクリスが外で雪合戦をしていた。
 まぁ、雪合戦と言っても、ヴィヴィオが投げる雪ダマをクリスが避けているだけのようだが。
 あっちへこっちへとフワフワ浮いて、ヴィヴィオの投げる雪ダマを避けている。
 時たま当たってしまうようだが、ぬいぐるみボディの防水対策としてクリスには、お手製のレインコートを被せてあるので、そこまで問題はないだろう。
 投球投射タイプの魔法コントロールにはいいかもしれない。何かクリスが可哀相な気もするけれど。
 まぁ、二人とも楽しんでいるようだから、良しとしておこう。
 最悪、クリスは後でお洗濯だが。
「犬は喜び、庭駆け回り、猫は炬燵で丸くなる、かぁ」
「この場合、兎は喜び庭駆け回り、じゃない?」
 ヴィヴィオたちを眺めつつ、有名な詩の一部を呟くなのはにユーノもクスクスと笑い出す。
 まぁ、確かにヴィヴィオとクリスを見ていれば、どちらも兎と言えるだろう。
 クリスは、そのまま兎だし。
「……でも、僕は猫じゃないよ?」
「丸くなってて、説得力ありませーん」
『まったくです』
 レイジングハートにまで同意されてしまい、どうせフェレットですよ、と途端にブスッとするユーノに笑いながら、彼の手元にあった皮の剥かれたミカンの残り一粒を口に放り込んだ。
「あ、僕の……」
「隙ありだよ、ユーノ君♪」
 残りの一口を取られ、溜め息一つと共にユーノはミカンの入ったザルへと手を伸ばして、一つ取る。
『さすがに気が抜けすぎではないですか? ユーノ』
「……休みなんだから、いいじゃない」
 レイジングハートに気怠げに答えて、ゆっくり皮を剥いていると、剥き終わると同時くらいに庭先の窓がガラリと元気よく開け放たれた。
「あはは、楽しかったー!! クリス、後でもう一回ね!」
 よほど、雪合戦が楽しかったのか、瞳をキラキラ輝かせながら、ヴィヴィオはクリスに顔を向ける。
 ユーノが少し可哀想じゃないか、と問いかけようとしたが、クリスを見て、すぐに言うのを止めた。
 何しろクリス自身、的でも満足しているのか、コクコクと激しく頷いているのだ。
 クリスにしてみれば、初めての経験なのだから、それも仕方ないのかもしれない。
「ヴィヴィオ、部屋が冷えちゃうから早く閉めて」
 はーい、という元気な言葉と共にヴィヴィオが靴を脱ぎ部屋の中へと入る。
 一緒に着いて入る前にクリスが庭先で体ごと振るって、レインコートに着いていた雪を落とした。
 まるで犬か猫のような仕草に見ていたユーノが思わず吹き出す。
 何かと思って、ヴィヴィオが後ろを向いた時には、既に振り終えたクリスがつぶらな瞳で主を見つめ返しているだけだった。
 クエスチョンマークでも頭に掲げるかの如く首を傾げると、クリスは器用に小さな手を窓の取手に引き掛けて閉じる。
 そのままフワフワと漂って、炬燵の上へと舞い降りた。
「クリス?」
 クリスはジッとユーノの手元にある皮の剥かれたミカンを見つめている。
 ひょっとして、欲しいのだろうか。
 そう思っても、さすがにユニゾンデバイスとは違い、ぬいぐるみのクリスではミカンを食べる事は出来ないし。
 ユーノの手付きに、興味津々といった感じで見つめているクリスに何かむず痒い思いをしながら、ユーノはミカンを今度は粒ごとに分けていく。
「えへへ、隙あり!」
 クリスに気を取られていたせいか、横から聞こえたヴィヴィオの声に反応出来なかった。
「ヴィヴィオ……きみもかい」
 親娘で揃いも揃って、と溜め息を吐くユーノにニコニコ笑いながら、ヴィヴィオが指に摘んだミカンを口へと運ぶ。
 口に入れて、噛み締めた次の瞬間、ヴィヴィオは顔を顰めた。
「うぅ……このミカンまだ酸っぱいよ、ユーノくん」
「あららら。当たりがあったか。人の食べようとしてるのを取るからさ。自業自得だよ、聖王陛下?」
「むぅぅ……へーかは禁止だってばーーー!!」
 ばたばた手を振って、抗議し出すヴィヴィオを横にユーノはミカンを口に運んで、顔を顰めた。
「…………確かに当たりだ。これ」
 ヴィヴィオの言うとおり。

 酸っぱかった。

 ヴィヴィオ同様に顔を顰めるユーノを見ながら、なのはがクスクスと笑い出す。
『二人して何をやってるんですか』
 同じ事を思ったのか、レイジングハートの言葉に、なのはは軽く吹き出してしまう。
「立ってないで、ヴィヴィオも入ったら?」
 クスクス笑いつつも編み物の手は止めず、なのはは、立ちっぱなしで膨れるヴィヴィオに声を掛けた。
 それもそうか、とヴィヴィオは羽織っていたコートを脱ぐと、どこに入ろうかと考えた末、なのはの膝の上へと座るように炬燵に潜り込む。
「………ヴィヴィオ、そういうことされると、ママちょっと編みづらいんだけどなぁ」
「このほうがあったかいから、いーの」
 娘の言葉にいや、良くないから、と苦笑しつつ、やむを得ずなのははそのまま編み物の手を進める。実際、ほぼ完成はしているのだ。
 そんな母の手の間で揺れる編み物を突つきながら、ヴィヴィオはユーノが食べているミカンをまたひとつまみ掠め取った。
「……ヴィヴィオ、それ酸っぱいんだよ?」
「いーの。ヴィヴィオが食べるの手伝ってあげます」
「いや、このくらい普通に食べられる量だか……」
「……よし、出来たっと!」
 なのはが会心の出来と言った感じで、一つ大きな声を上げて編み棒を置く。
「さっきから、何編んでたの? 海鳴に来てから、ずっと編み物やってたけど」
 ユーノがなのはの編んでいた物に目をやる。少し深めの翠色をしたマフラーだった。ヴィヴィオに編んでやったのだろうか。
 なのはがクスクス笑いながら、編み終えたマフラーを横に広げてみせると、ヴィヴィオが膝の上で、出来栄えに目を輝かせる。
 見上げてくる娘に微笑み、コクリと頷くと、なのはは身体を伸ばして、反対側に座っているユーノの首にマフラーを掛けて、一回り巻いてやった。
「うん、似合ってる。似合ってる」
「へっ? これ、僕の……なの?」
 キョトンとするユーノになのはとヴィヴィオが顔を見合わせて、二人で頷く。
「だって、ユーノ君言ってたじゃない。次の発掘調査は寒い地方に行かないといけないって。コートとかマントだけじゃ足りないかなぁって」
 首に掛かっているマフラーの片端を手に、ユーノはジッとそれを見つめる。
 今度はマフラーが気になったのか、炬燵の上にちょこんと座って、ユーノを見上げていたクリスが浮き上がり、ユーノの肩へと降りたってマフラーをジッと見つめた。
 クリスの行動に苦笑しつつ、なのはの言葉を思い出した。
 発掘が控えてるから、少し休み取ろうかなとなのはに話した時、確かにそんな事も言った記憶がある。
 まさか、自分のために編んでくれていたと思いもしなかった。時期が時期だから、てっきりヴィヴィオのものだと思い込んでいた。
「その辺はわたしが編んだんだよ!」
 ユーノの持っている片端の部分を指差して、ヴィヴィオがVサインを作る。
 よく見てみれば、確かに編み方が違う部分があった。なのはが編んだのであろう部分に比べて、やや編み目が粗い部分が。
 ところどころ、補強してあるところを見ると、なのはが少しずつ手を加えてはいるのだろうけれど。
「……ありがとう、二人とも」
 二人の心遣いが嬉しかった。休みを取る機会を作ってくれただけでなく、プレゼントまで作ってくれた事が。
 どういたしまして、と声を重ねて笑う親娘に、ユーノは感謝の念を込めて笑顔を向ける。
「さて、と。それじゃ、晩ご飯の買い出しに行ってこようかな。明日は大晦日だし、おせちの準備もしなくっちゃ」
「わたしも行くー! クリス、おいで!」
 ヴィヴィオに退くように言い聞かせ、なのはが炬燵から抜け出して、立ち上がる。
 ヴィヴィオも次いで立ち上がると、そばに置いていたコートを羽織り、フードの部分にクリスがそっと収まった。
 フードに収まったクリスが準備OKとばかりに手をピッと挙げる。
 海鳴に居る時、外に行く分にはぬいぐるみで通さなくてはいけないから、その対処として、だろう。
「ああ、ちょっと待って、二人とも。買い物行くなら、荷物持ち付き合うよ」
「ううん、いいよ。ユーノ君。寒いんだから、うちで休んでて」
 立ち上がったところで、なのはにそう言われるが、ユーノは巻いてもらったマフラーをそっと手に取って、なのはに笑いかける。
「せっかく編んでもらったんだから。それに、さっき少しは動けって言ったの誰だったっけ?」
 逆にからかうようなユーノになのはは軽く溜め息を吐く。
 隣にいる娘に視線を向けてみれば、ヴィヴィオの方はしっかりみんなで行く気満々のようだった。
 着込んでいた半纏を脱ぎ、部屋の端に掛けてあったコートに袖を通すユーノを見ながら、やれやれと声を漏らしてなのはは苦笑する。
『来ると言ってくれてるんですから、こういう時は甘えたら良いんです。どうせなら、いっぱい持ってもらいましょう。それこそ、ユーノが悲鳴を上げるくらいに』
「いや、さすがにそれは勘弁してよ。レイジングハート」
 レイジングハートの言葉に困ったように苦笑するユーノに、なのはもまた苦笑する。
「ママー、ユーノくんも早く早くー!!」
 いつの間に向かっていたのか、玄関の方から響くヴィヴィオの声に、二人で顔を見合わせ、笑った。
「……ユーノ君、食べたいものある?」
「まぁ、何でもいいけど、とりあえず向かいながら決めようよ」
 それもそうだね、とユーノの言葉になのはも頷く。
 おかずはスーパーに行き着くまでに決めればいい。少なくとも、三人一緒だし、ゆっくり決める時間はあるのだから。





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