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レイジングハートからカートリッジが排莢される。
放たれた魔弾と共に追跡の魔導機械が破壊され、爆発した。
「お見事」
立ち上る煙の向こう、パチパチという拍手と共に聞き慣れた声がなのはの耳に届いた。
「……やっぱり、ユーノ君が来たんだ」
「予想していたの?」
濡れ衣だ。そう言うのは容易い。
だが、それを言ったところで現状が変わるわけではない。
煙が晴れ、そこに立っていた人物に……。
なのはは追跡者……ユーノ・スクライアに微笑みだけを返した。
「私が一番戦いづらいのは皆だもん。その中からだと、フェイトちゃんか……」
「僕だって思ったわけだ」
ユーノの言葉に苦笑しながら、なのはが頷く。事の始まりは次元犯罪者の追跡任務だった。
一人逃亡した男を単独で追う事になったなのは。しかし、それ自体が仕掛けられた罠だった。
なのはの事をよく思わない一部の人間が仕掛けた罠。確保した男が持っていたロストロギア。
それを盗むように仕向けたのが、自分だと事実を改竄されたのだ。
それ故に、なのはは追われる身となった。
「で、ユーノ君はどうするつもり? やっぱり、私を捕まえる?」
「さあ? どうなんだろ。なのは次第だよ」
おどけたように困った素振りで頭を振るユーノに、なのはがまた苦笑を漏らす。
レイジングハートを持つ左手に少しばかり力が籠もる。
「捕まえるつもりなら、全力で逃げさせてもらうよ。私、まだ捕まれないよ」
「捕まったら無実を証明する事も出来なくなるから?」
なのはが無言で頷くのを見て、ユーノは苦笑した。
「なら……僕がやる事はひとつだけだな」
言葉と共にユーノが、突然、バインドを放った。
とっさになのははその場を飛び退いてかわし、レイジングハートの矛先をユーノへと向け……そこで動きが止まった。
ユーノの瞳はなのはを優しく見つめているだけ。
そして……ユーノから放たれたバインドはなのはを狙って放たれたのではなかった。
そちらに視線を向けて見れば、いつの間にか後ろに回り込んでいた追跡機械が縛り付けられていた。
「いつの間に……」
「最初から居たみたいだよ。エリアサーチ掛けておくべきだったね?」
「……何で助けてくれたの?」
バインドで締め上げ、ユーノが機械を破壊する。
自分を捕まえに来たはずのユーノの行動に、なのはは疑問を抱かずには居られなかった。
こんな形でユーノには向けたくなくなかった、レイジングハートの矛先がかすかに揺れる。
「何でも何も。最初から、なのはを助けに来ただけだから」
「へっ?」
サラッと言ってのけたユーノの言葉になのはの口から出た言葉はそれだった。
思わず、レイジングハートを取りこぼしそうになる。
「だーかーら。なのはを助けに来たんだって!」
ユーノはただ微笑んで、とんでもない事を言った。
捕まえに来たのではなく、助けに来たというユーノの言葉になのはは余計に混乱する。
「へっ? え? ちょ、ちょっと、ど、どういう事なの!?」
「んー? 掻摘んで説明すると、書庫のほうを休職にしてもらって、追っかけてきた」
「なっ!? ユーノ君のバカァッ!! 何やってるの!?」
ようやくユーノが何をやったのかを察したなのはが、レイジングハートを待機状態に戻して、ユーノにズカズカと近寄ってくる。
「ご挨拶だなぁ」
「ふざけないで!! 無限書庫はどうするの!?」
あくまでも苦笑を崩さないユーノの胸ぐらを掴むと、なのははガクンガクンと盛大に前後へと揺さぶった。
せっかく助けに来たというのに眉根をつり上げて、自分を叱るなのはにユーノは苦笑する。
「書庫にいたって、何も出来ないし」
「そういう問題じゃないよ!!」
なのはの言いたい事も分かる。
無限書庫という大事な仕事場を放棄して、なのはを助けに来た事がどういうことを意味するか。
「落ち着いて、なのは。書庫の方は手を打ってあるし、これ、クロノも知ってるから」
「……どういうこと?」
「クロノやフェイトたちじゃ、どうしても局の目がある。だからだよ。僕はあくまでも局員待遇なだけで、民間協力者だ。書庫を休職すれば、局に縛られる事もないからね」
「でも……それじゃ、ユーノ君まで……罪を被る事になっちゃうよ!」
自分のせいでユーノまで、そんな濡れ衣を着て欲しくなんか無い。
ユーノの身体を揺さぶっていた手から次第に力が抜け、なのははユーノの前でただ俯く。
「いいじゃないか、なのは」
「え?」
そんななのはにユーノは何とでもないという風にクスクスと笑う。
なのはにはユーノが言っている事の意味が分からない。だが、顔を上げてみれば、いつも通りの優しい顔でユーノは微笑んでくれていた。
「今のなのはは、次元犯罪者なんだよ? だったらさ。犯罪者らしく共犯の一人や二人いたっていいじゃないか?」
少しばかり楽しそうに指を一本立て、いっそ犯罪者らしく行こうと言い出すユーノになのはは再び俯く。
先ほども思ったことだが、ユーノには自分のせいで、罪など被って欲しくないのだから。
「………そんなの理由にならないよ」
「っていうのが、表向きの理由」
「表向き……?」
俯くなのはの頭にユーノの手が置かれ、優しく撫でられる。
次にユーノの口から出た言葉は軽口でも何でも無かった。
「本当の理由はね……フェイトとはやてに頼まれたから」
「え………?」
「今、自分たちが動いたら、なのはを捕まえにいかされる。そうならないようにユーノの力を貸して欲しい。そう言ったんだ。ホントなら二人とも自分できみを助けたいのに、だよ?」
「フェイトちゃん……はやてちゃん………」
「今、二人は表向きレティ提督と別件に当たってる。そうしながら、きみを助けるための道を捜してる」
無論、なのはを知る者たちは、それが冤罪だという事は分かっていた。だが、表だって動くわけにはいかない。
下手に動いてしまえば、同罪と見なされる。そうすれば、なのはの無実を証明するのは更に難しくなるから。
「その準備が済むまで、なのはが逃げ切られる手伝いをしてやって欲しい。それが二人からのお願い」
「二人とも……」
「皆、きみを助けるために頑張ってる。もちろん、僕自身もそう願ってる。だから、ここに来たんだよ。無限書庫の司書長でもなく、考古学者でもなく、きみの友だちとして。ここにいるのは肩書きも何もない。ただのユーノ・スクライアだよ」
「ユーノ君……」
「二人ともさ。きみが心配で泣きそうな顔してたんだよ? 僕はそんな顔をして頼んでくる友だちの頼みを断る人間だけにはなりたくないんだよ。もちろん、今、ここで苦しんでるきみを見捨てるような男にも」
だから、きみのやる事は事件が解決するまで逃げのびる事。
そう言って微笑んでくれるユーノの瞳はどこまでも優しくて。どこまでも真っ直ぐで。
なのはの目からひと筋だけ、涙がこぼれ落ちた。
「大バカだよ……ユーノ君」
「うん、大バカだろうね」
「ホントだよ……」
どちらからともなく、クスクスと笑いはじめ、段々と声が大きくなる。気が付けば、二人して大声で笑っていた。
「よし! それじゃ、なのは」
「何、ユーノ君?」
「バカついでにさ。思い切り引っ掻き回してやろうよ。それこそ、きみにちょっかい出した連中が後悔するくらいに」
パンと手を叩いて、トンでもない提案を出してくるユーノになのはの目が一瞬、点になる。
だが、それも二人でやるならいいかも知れない。そんな風に思うと、またクスクスと笑いが込み上げてくる。
「……いいね、それ。でも、何も知らない人はあまり怪我させちゃ駄目だよ?」
「分かってるさ。それじゃ、まず………」
「囲んでる機械の大掃除……だね。行くよ、ユーノ君!」
「了解だよ、なのは!」
ユーノの言葉と共に周囲に放たれるバインド。捕えられた機械にすかさず、なのはがシューターを打ち込む。
大丈夫だ。皆、信じてくれている。彼がここに居てくれる。それだけで、なのはは安心できた。
不謹慎だと分かっていても、なのはは笑っていた。
ユーノを見れば、彼もまた楽しそうに笑っているのが見えた。
この後、なのはとユーノは逃げ続け、しばらくして、事件は無事解決した。
犯人たちは、散々二人に引っ掻き回され、捕えられた時にはノイローゼになっていたそうだ。
なお、幸いにして人的被害は殆ど無く、追跡していた局員たちは良い訓練になったと喜んでいたが、暴れまくった二人の報告書<いいわけ>を書かされたクロノは、しばらく胃薬を手放せなかったそうである。
了
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