「眠る翡翠と雷光(ひかり)の想い」
 
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 管理局寮にあるユーノ・スクライアの部屋の前。
 ボタンを軽く押すと共に来客を告げる機械音が響いた。少し待ってみても何の反応もない。
「……あれ?」
 約束していたはずなのに。
 フェイト・T・ハラオウンは首を傾げながら、もう一度ボタンを押した。
 再度、機械音が響くがやはり反応はない。
「おかしいなぁ……。約束してたのに」
 フェイトがユーノの部屋を訪れた理由は、ある事件を追っていたフェイトがしばかり厄介な資料が必要になったためだった。
 急ぐ資料では無かったが、上がったとユーノが言っていたので、書庫に取りに行ったのだ。
 だが、書庫に受取に行ってみれば、肝心の資料をユーノが持って帰ってしまっていた。
 他の資料(主に真っ黒クロ助な兄)の関係で徹夜明けだったため、寝ぼけでもしていたのだろう。

 実際、ユーノに連絡を取ってみると、間違えて持って帰っていたことに気が付いていなかったらしく、画面の向こうで大慌てしていた。
 その時の彼の狼狽えぶりはなかなか楽しかった。

 持って来ると言った彼を制し、こちらから取りに行くから、待っていてくれと約束したのに。
「まさか、出掛けちゃったのかな……?」
 だとしたら、さすがに文句の一つも言ってやりたい。
 そのように約束してきたというのに。そう思いながら三度目。ボタンをもう一度押す。

 やはり、反応はない。

 左手に持っていた買い物袋がカサリと音を立てた。
 どうせ、ユーノのことだ。家にいてもロクな物は食べていないだろうと思って、持ってきた食材が入っている。
 溜め息を吐いて、軽い気持ちで扉のロックに手をかざしてみる。
 ロックが掛かっているだろうという予想に反して、扉は駆動音と共に普通に開いてしまった。
「って、鍵開いてるじゃない。不用心だなぁ。ユーノ、居るの?」
 家の中に声を掛けてみるが、やはり反応はない。
「ユーノ、上がるよー?」
 一応、断って部屋の中に入る。
「ユーノ……ユ……!?」
 リビングまで入ってきて、フェイトは驚愕した。この部屋の主であるユーノが、うつ伏せで倒れていたからだ。

 買い物袋がバサリと音を立てて落ちる。野菜が床に転がる中、フェイトは慌ててユーノへと駆け寄った。
「ユーノ!! ユーノ、しっかりして!?」
 抱き起こしてみるが、特に外傷もない。誰かに襲われたとかいうわけでも無さそうだ。
 呼吸もしっかりしている。顔色はあまり良くないが、規則正しい寝息に聞こえた。
「……ひょっとして、寝てるだけ?」
 導きだされた結論にフェイトは呆れかえった。
 そういえば、書庫に寄った時、徹夜していると聞いていた。
 つまり、自分を待っている間に力尽きて寝てしまったのだろう。

 なら、せめてベッドで寝ていて欲しかったところだが、よくよく考えてみれば、無理もなかった。
 せっかく休もうとしていたところに、自分が押しかけるような真似をしたのだから。

 普通なら今頃はゆっくり休んでいたはずなのだから。
 寝汗で額に張りついた髪を撫で、ハンカチで汗を拭き取ってやる。

 そのまま身体の向きを変えてソファへ引っ張り上げたが、ユーノは一向に起きる気配を見せなかった。
「………疲れてたんだよね。ゴメンね、ユーノ………」
 ふと向かいに置いてあるテーブルに視線を向けてみると、一通の封筒が置いてあった。
 封筒には彼の字でフェイト・T・ハラオウンと書いてある。
 中を確認してみると、やはり頼んでいた資料をまとめた書類とデータディスクが入っていた。
「概要だけで構わないって、言っておいたのに……」
 確認した資料は過去の類似した事件データ、その時に関わった資料など、こと細かく記載されていた。
 それでいて、雑多にかき集められたものではなく、分かりやすく順にまとめてあった。

 封筒をギュッと抱きしめる。ユーノの心遣いが嬉しかった。
 だが、同時に彼の無茶も許せなかった。
 だから、ひとことだけ言う。

「頑張りすぎだよ、ユーノのバーカ」
 ユーノ本人が聞いたら、フェイトだってそうだろうと反論する事はこの際放っておく。
「……これから、どうしようかな」
 目的の資料は受け取ったが、勝手に上がった挙げ句、資料だけ持って勝手に帰るのは気が引けた。
 書置きでもしておけば、ユーノは気にしないと分かっていてもやる気にはなれない。

 と、そこまで考えて、自分が買ってきた買い物袋に目が留まった。
「あ!? 玉子入ってたんだ!!」
 袋を引き寄せ中を確認してみるが、案の定、中に入っていた玉子は落とした衝撃で割れてしまっていた。
「………オムレツでいいかな」
 さすがに捨てるのも勿体ないし、かといって放って置いても傷んでしまう。
 なら、ユーノが起きるまでに彼の食事でも作ってしまおう。

 元々、そのつもりで買ってきた食材だ。勝手知ったる何とやら。

 台所まで食材を運ぶと、冷蔵庫の中身を確認する。
 やはり、保存の利く缶詰などくらいで、ロクな物は入っていなかった。
 棚を見てみても、買い置きのインスタント食品ばかりだ。

 なのはを始め、他の幼馴染みと悩んでいるユーノの食生活。
 フェイトだけに限らないが、あの手この手で皆、ユーノに色々と食べさせてきた。
 実際、食事を作りに来てやるのはフェイトだけでは無い。
「さて、それじゃやりますか」
 近くに掛けてあったエプロンを付けると、気合を込めて腕まくりをする。
「えーと、オムレツとサラダ、後はスープくらいでいいかな」
 冷蔵庫の中に賞味期限がギリギリになっていた、ウインナーを発見したので、オムレツにはそれを刻んで加えてみる。
 サラダはレタスにトマト、ニンジンとコーンを加えたマッシュポテトの盛り合わせ。
 スープはコーンとこれまたもう少しで危うかった牛乳でコーンスープにしてみる。
 後は市販のクロワッサン。さすがにパンだけは今から焼いている時間もなかった。

 作り終えた料理を持って、ユーノの寝ている側でテーブルに並べていく。
 オムレツの香ばしい匂いに反応したのか、眠っているはずのユーノのお腹が鳴るのが聞こえた。

 並べながら苦笑する。
 そんなにお腹空いてるなら、さっさと起きろ、と。
「ユーノ、ご飯出来たよ」
 試しに身体を揺すってみるが、やはり起きる気配はなかった。
 嘆息しながら、ユーノの枕元側へと腰を下ろす。

 髪を撫でてやりながら、自然と自分の膝にユーノの頭を乗せてやっていた。
「本当に……お疲れさま」
 そういって、ユーノの顔をジッと見つめる。寝顔を見ていると、クスクスと笑いが込み上げてきた。
「ホント、寝顔だけ見てると、女の子みたいだよね」
 本人が起きていたら、間違いなく仏頂面になるひとことを呟く。
「でも……やっぱり、男の子なんだよね。出逢った頃から、身長の差はあんまり変わらないけど……肩幅とかガッシリしてきたかな……?」
 ユーノの頬に手を当てる。
 ソッと撫でて手を離そうとして、指先がユーノの唇に触れた。
 自分でも思わず、「あっ」と声を上げる。そしてそのまま、その手を自分の唇へと充ててみる。
「誰も居ないし、ちょっとだけなら……いいよね?」
 自分はユーノの事が好きだと自覚している。だけど、まだ告白するような勇気は持てていなかった。

 寝てる相手にズルイと思う気持ちはあるけど、今ならユーノを独り占め出来る。
 規則正しく寝ているユーノの顔を見ながら、何となく思ってしまった。

 音を立てないよう顔を近づけていく。
 心臓が飛び出てしまうんじゃないかと思うくらい高鳴っているのが分かる。

 もう少し、もう少しで互いの唇が触れ合う。そんな近さまで来た時。
 不意にユーノが呻いた。
 慌てて、フェイトは身体を起こす。案の定、ユーノは目を醒ましてくれたのだった。
「ん………? あれ……フェイト……??」
「あれ、フェイト? じゃないよ、ユーノ。この寝ぼすけさん?」
 内心もう少し寝てくれていればいいものを、と舌打ちしながらも、そんなことはおくびにも出さず、笑顔でユーノに応えた。
 だけど、もしかすると少しだけ顔が赤いかもしれない。
「え、と。いつから……いるの?」
「来てから、大分、経ったと思うけど、ビックリしたよ。床に倒れて寝てたんだから」
「う……。それは……ゴメン」
 バツが悪そうにしながら、ユーノがゆっくりと身体を起こした。
 起こしたところで、テーブルの上に並んだ料理に目が留まる。
「……フェイトが作ってくれたの?」
「そうだよ」
「ゴメンね。せっかく来てくれたのに、寝てた上に料理まで」
「気にしないでいいよ。どうせ最初から作るつもりだったから。それより冷める前に食べちゃって」
「うん、そうさせてもらうよ」
「と、食べる前にちゃんと顔と手、洗ってきなさい」
 ユーノが置いてあったフォークへと手を伸ばしたところで、フェイトは釘を刺した。
「いいじゃない、そのくら……洗ってきます」
 フェイトにジロリと睨まれて、ユーノはそそくさと洗面所へと向かった。
 その背中を見送って、フェイトは溜め息を吐く。

 神さまはイジワルだ。

 もう少しだけ、時間をくれたっていいじゃないか。
 兄の言うとおり、世界はこんなはずじゃないことばっかりだ。
 だけど。
 顔を洗って、戻ってきたユーノが美味しいと言ってくれながら、自分の料理を食べてくれるのを見たら。
(ま、いいか)
 そんな風に思えてくるから、不思議だった。自然と顔も綻んでくる。
「ん? フェイト、僕の顔、何か付いてる?」
「んー? 別に何も付いてないよ。ただ、ご飯食べてるユーノの顔が可愛いなって、思っただけ」
「可愛いって……僕、これでも男なんだよ」
「別にいいじゃない。可愛いのは事実なんだから」
 未遂に終わったが、たまにはこんな日があってもいい。
 途端にふくれっ面になるユーノを見て、フェイトはクスクスと笑い出すのだった。






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