「翡翠と雷光(ひかり)とリボンタイ」
 
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「ね、ねぇ、ユーノ………私、どこも変じゃないよね?」
「………大丈夫だよ」

 もう、それは本日何度目のやり取りか。

 ………あまりに緊張が過ぎるのか、どうにも今日のフェイトは様子がおかしい。
 任命式の開始までもうすぐと云うところになって、急にソワソワと態度が落ち着かなくなったフェイトに同席したユーノから何度目かの溜め息が漏れる。
 今日はフェイトの念願だった執務官としての任命式の日だった。

 試験に二度落ち、それでも夢を諦めず、勉強を続けていたフェイトにユーノも出来る範囲で手伝いをしてやっていた。
 今日のこの日はユーノにとっても喜ぶべき日であった。

 が、当の本人はというと。

 ついにはあーだの、うーだの唸りながら、会場の入り口前でウロウロと歩き出していた。
 そんなフェイトにユーノは苦笑しながら注目させるように手を叩いた。
「ほら、フェイト。そろそろ始まるんだから。いい加減、落ち着いて」
「……う、うん。だ、だ、大丈夫!!」

 とてもではないが、全然、大丈夫そうには見えない。
 妙に力んで見せるフェイトにユーノは頭を抱えたくなってきた。
 こういう時、フェイトを落ち着かせる役目はなのはか、家族であるクロノ達の役と決っているというのに、今日に限ってハラオウン家の皆は別件。
 数日前にそれが分かり、一人では心細いと思ったのか、フェイトがなのはや自分に相談してくれたこと自体は嬉しかった。

 もちろん、なのはもユーノも快く同席を引き受けた。
 ……だったのだが、そのなのはも当日になって、急に武装隊のほうで用事が入り、任命式の開始時間に間に合わなくなってしまったのだ。
 さすがにそうなってしまっては仕方ない部分もあるが、頼りにしている人間一人が抜けただけで、この落ち着きようの無さはどうしたものか。

 まぁ、日頃からフェイトを見慣れているユーノ達からしてみれば、稀にあることではあったから、そこまで気にはならないし、それにようやくの想いで合格した結果だ。
 任命されるとあっては緊張するのも無理はないのかもしれない。

「フェイト」
「にゃ!?」
 まだ、懲りずにウロウロしているフェイトにさりげなく後ろから近付いて、思い切って肩をやや強く叩いてやった。
 ビックリしたフェイトが、子猫の鳴き声みたいな悲鳴と共に飛び上がりそうに身体を震わせてユーノのほうを振り向いた。
「ビ、ビックリさせないでよ、ユーノ………」
「どう、少しは緊張取れた?」
「…………いぢわる」
 急に驚かされたのと叩かれた肩が少し痛かったのか、フェイトから恨みがましそうな目を向けられて、ユーノも少しばかり後ずさる。
 我ながら、しゃっくりの止め方じゃないんだから、そんなんじゃ駄目だろうとは思ったが、緊張から少しでも気を逸らしてやろうと思ったら、とりあえずこれが浮かんだのだ。

 だが、これは失敗だったかもしれない。
 頬を膨らませるフェイトが可愛らしくもあるけれど。
 食って掛かってきたフェイトを宥めつつ、ユーノはボンヤリとそんなことを考える。
 まぁ、反論出来る分だけ、多少はフェイトも気が紛れたかも知れない。
 もっとも、この剣幕だと後でなのはに報告が入って、ステレオで文句がやって来そうだが。
 女の子は怒らせると恐いのである。
「っと、フェイト。そろそろ時間、時間」
「え………、あ……」
 とりあえず、後のことは後で考えることにしよう。
 そう決めて、ユーノはフェイトの矛先を誤魔化すように付けていた腕時計を指す。
 会場が開かれフェイト達の他にも、その場にいた執務官の候補生達が中へと入場し始めていた。
「え、えっと、じゃ、じゃあ、い、行ってくるね」
 会場が開かれたことで緊張がまた高ぶってしまったのか、声が上ずるフェイトにユーノが困ったように息を吐いた。
 これでは元の木阿弥である。

「ユーノ………」
「何?」
「えっと、ちゃんと会場に居てくれるよね?」
 心細いのか、確かめるようにそんなことを言い出すフェイトに苦笑しながら、ユーノはフェイトの頭に手を載せて優しく撫でてやった。
「大丈夫、ちゃんと後ろで見てるから」
「うん………って、ユーノ。頭撫でないでー。髪が乱れちゃう」
 ユーノの言葉に安心したのか、ユーノの撫でる手が気持ち良いのか、そうは言ってもフェイトの声に、さほど嫌がっている様子はない。
 ユーノが手を離した後、手で髪を梳くって整えて、フェイトがユーノに顔を笑顔を向けた。
 多少、ぎこちなさはあるが、この分なら式の最中にドジをやらかすことは無いだろう。

「じゃ、じゃあ………行ってくるね」
「うん」
 そう言って、踵を返したフェイトのリボンタイが少しズレていることに気が付いた。
「あ、フェイト。ちょっと待って」
「ふえっ?」
 何の気もなく、ユーノがフェイトの後ろ手を掴んで留めるが、引き留めたフェイトの手がビクンと震えて、ユーノは思わず手を離す。
「あ、ご、ごめん!? ……痛かった?」
「あ、ううん………そ、そんなには。ちょっとビックリしただけ」
 振り向きながら離された手をさするフェイトに力加減を間違えたかとユーノは謝る。
 慌ててフェイトが手を振りながら、そんなこと無いとユーノに返してくる。
「でも、どうしたの、ユーノ?」
「あ、いや、リボンタイがズレてるから」
 胸元のリボンタイを指差されてフェイトが視線をリボンに落とす。
 自分ではよく分からないのだが、そんなにズレているのだろうか。鏡があれば、すぐ確認して直せるが、生憎と手元にも近くにも使えそうな物はない。
「貸して、フェイト」
 直すのに手間取るフェイトにユーノから助け船が出された。
 リボンタイを一旦解いて、ズレの無いように締め直してくれるユーノを間近に眺めながら、フェイトはふと思った。
(……ユーノって、やっぱり男の子なんだ。私より少し背が高くって、手も私より大きい)
 制服越しに感じるユーノの手。
 先ほど、頭を撫でられた時もそうだったが、華奢に見えても、やっぱりユーノは少年なのだった。
ふらぽわ様より掲載許可を頂きました。
 考えてみれば、出会って数年、フェイトもユーノも出会った頃より背も伸びて、身体も心も成長して来ている。
(……このまま、背とか、どんどん離されちゃうのかな?)
 ここ数年、クロノがグングンと背を伸ばしていたが、ユーノもいずれクロノみたいに背が高くなるのだろうか。

 そう思っても、クロノのように背の高くなるユーノなんて、フェイトには想像出来ない。
 フェイトの知るユーノはいつもなのはと自分に笑顔を向けてくれる男の子だった。

「よし、これでいいよ」
 リボンタイを結び直して、少し下がってユーノがもうズレはないか確認する。
 ジロジロ見られるようで、心持ち何か恥ずかしいが、ユーノに他意は無いだろうし、その優しさがフェイトには嬉しい。
「えっと……ありがとうね、ユーノ」
「気にしないでよ、友だちなんだから当然だよ」
「え……? あ、………うん。そうだよ……ね」
 いつも通りのユーノの笑顔なのに何か不意に引っ掛かる物がある気がした。
 その引っ掛かる物が何なのかフェイトには分からないけれど。

「フェイト、どうかした?」
「あ、ううん。何でもないよ」
 不思議そうに首を傾げるユーノにフェイトが首を横に振る。
「そっか。ああ、終わったらさ。どこかで何か食べようか?」
「良いけど、どこにするの?」
「フェイトの好きなところでいいよ。合格のお祝いじゃないけど、今日はぼくの奢り」
 どこまでも気遣いの深いユーノに、フェイトは少しばかり呆れそうになる。
 だけど、それも嬉しかった。なのはや自分に向けてくれるユーノの優しさが。

 真っ直ぐに自分を見てくれるユーノの笑顔に不意にドキッとした。
(ホントに優しいよね、ユーノ)

 クスリと零れそうになる笑みを堪えながら、フェイトは思う。
 願わくば、ずっとそんなユーノで居て欲しい。
 そして、自分もそんなユーノの傍にいられたら、きっと素敵なことだと。
 未来なんて、どうなるか分からないことばかりだけど。それでもきっと。

「ホントにどこでもいいの?」
「もちろん、構わないよ」
 ユーノの提案に、じゃあ、高いところでもいいよね? と、クスクス笑いながら告げて足早に駆け出す。
 後のことが楽しみになってきたら、もう緊張も無くなっていた。
 さっきユーノが引き留めた時、握ってくれた手に視線を落とす。その手をキュッと握りしめるとフェイトは力強く顔を上げ前を見据える。
 高いところと聞いて、ギョッとするユーノの声を後にフェイトは会場へと足を運ぶのだった。




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