「翡翠と桜と聖夜のワイン」
 
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 世間ではクリスマスという行事があれども。
 忙しい時には大概忙しい。
 管理局武装隊。高町なのはもその一人。

 本局内の街を一人歩きながら溜め息を吐く。
 本当なら今日は皆で海鳴にあるハラオウン家に集まって、ホームパーティーの予定となっていた。
 が、予定というのはそうは問屋が卸さないもので。

「はぁ〜……。みんなパーティー楽しんでたんだろうなぁ」
 
 そう、今年は自分だけが不参加となってしまっていた。
 本当なら当初は今日は予定は空いていたのだが、数日前になって教導のスケジュールが入ってしまい、立てていた予定は全てパァ。
 本当なら今頃は仕事上がりのユーノと合流してハラオウン家のパーティーに参加していたのだ。
 時間を合わせるため、ユーノと話していたとき、彼も楽しみにしていたみたいで話してるだけで、何だか自分も嬉しかった。
 急に予定が入ってしまって、それを彼に告げたとき、一緒に行けなくなったことにガッカリしてるのが顔にハッキリ出ていたのも覚えている。

「はぁ………」
 溜め息ばかり吐いても仕方ないが、どうしても吐いて出てしまう。

 テイクアウトの店で勢いで頼んだ揚げ物に目を落とすと余計に虚しくなってくる。
 抜けるに抜けられなかった教導後の打ち上げでお酒が振る舞われたりしていたせいもあるだろう。
 普段なら、お酒なんか断っているところだが、ユーノと一緒に参加出来なかったことに少しばかりムシャクシャしていたのかもしれない。
 情けない話だけど、ちょっと苛ついていた。

 さすがに地球ではないミッドチルダではクリスマスの習慣は無いから、カップルがあちこち歩いているなんて事はないけれど。
 もしいたら爆発しちゃえ、なんて言っていたかもしれない。
 それが仕事だと分かっていても、さすがに今日ばかりは何かを呪いたい、そんな気分だった。

 今からでも合流したらいいんじゃないかとも思っても、さすがに時間が時間。
 もうお開きになっているだろう時間だった。
 無論、行ったら行ったで皆そんな事を気にするようなことは無いだろう。
 だが、お酒も入ってちょっとやさぐれてる自分が行ったりしたら、返って皆に気を遣わせてしまいそうで、何か気まずくて行きづらい。

「ユーノ君、向こう出たかな………」
 このまま帰ろうか。そう考えたとき、もし、向こうを出てるなら、こっちへ戻ってくる間にどこかで合流出来ないか。ふとそう思った。
 彼にだって予定があるだろうし、こんな時間から自分に付き合わせてもいけないとは思うのだけど、何故だろう。
 ―――携帯を手にとって、着信を確かめてみるが、無い。

「………迷惑だよね」
 ―――こっちから掛けるのは躊躇われる。だが―――。
「ちょっとだけ、寄って行ってみてもいいかな……?」
 ほんの少しだけ、ワガママしてもいいかな。そんな風に考えた。
 帰っていたら、ちょっとだけ挨拶して。
「もし、帰ってなかったら………」
 部屋で待っていて、帰ってきた彼を驚かすのも面白いかもしれない。そんなことを考えてしまう自分にお酒の回った赤い顔でそのままクスクスと笑ってしまう。
 普段ならそんな迷惑になることは絶対に思いつきもしないだろうに。

 今日がクリスマスという特別な日だからだろうか。何となく彼の顔が見たいという想いが勝ってしまった。
 たまにだけなら、きっとユーノだって笑って許してくれる。
 そう思ったら、足は自然とユーノの家の方角へと向いていた。

                  ◆  ◇  ◆


 ハラオウン家でのクリスマスパーティー。
 定例通りなら、クリスマスには何もなければ、皆一緒に集まることが多い。今年はハラオウン家で集まることになったが、なのはだけ仕事だった。
 数日前、なのはが連絡してきた時、参加出来なくなったと残念がっていたのが印象に残っている。
「……なのは、仕事終わったかな」

 本当のところは少しばかり期待していた部分はあったのかもしれない。
 連絡を終えた後で、がっかりしたのもまた事実だったりした。
 こっそりプレゼントも用意していたのだが、残念ながら無駄になってしまったようだ。

「……ふぅ」
「こら、クリスマスだってのに何溜め息吐いてるの?」
 パーティーも終わり、集まっていたアリサやすずかたちが帰るのを見送って、ソファでグッタリしていたユーノにフェイトが呆れたように声を掛けた。
 久々に皆で集まっていたこともあるが、ハラオウン家ではカレルとリエラという二人の家族が増え、賑やかさが増している。

 丁度、はしゃぎたい盛りの子供にとって、あまり見ない来客は恰好の的である。
 あれこれ引っ張り回されてしまい、ようやく解放されたのが、子供たちが力尽きた頃だった。
「フェイトはよく平気だね」
「慣れてるしね。で、何溜め息吐いてたの?」
 コーヒーカップを両手にソファの縁に腰掛けながら、こちらへと話しかけるフェイトがクスクスと笑う。
 最初の呟きはどうやら聴かれてはいなかったらしい。

 片方のカップを受け取りながら、沈めていた身体を起こして、カップに口をつけて一息吐く。
「……いや、さすがに子供のパワーに当てられたというか……ね」
「ふーん、なのはの事じゃないんだ?」
 コーヒーを啜りながら、フェイトがそんな風に言葉を口にする。
「うえ!? な、何で……そこで、なのはが出るのさ」

 実は先ほどの呟きを聞かれていたのかと、つい思わずガバッと勢いよく立ち上がってしまった。
 そんなユーノの姿が可笑しいのか、フェイトが声を漏らして笑うのを堪えている。
 少し離れたテーブルに腰掛けていたクロノも同様にしているのが見えた。
「自分で気がついてなかったのか、ユーノ。うちに来た時から思い切り、顔に出てたぞ。なのはがいなくて、寂しいですってな」
「へ…………?」

 ニヤニヤしながら告げられたクロノの言葉に思わず顔に手を当てる。皆の前で、ずっとそんな顔をしていたと思ったら、恥ずかしくてたまらなくなった。
 ソファへをもう一度腰を下ろしたところで、フェイトが身体を伸ばしてユーノの顔を覗き込もうとした。
 恥ずかしさのあまり、赤くなっているであろう顔を背ける。
 そんなユーノが面白くて仕方ないのだろう。フェイトにからかわれるように頬を突つかれて、嫌々、ブスッとした顔を向けた。
「そんなに気になるなら、電話したら? きっともう仕事終わってるよ」
「いや、でも……別に用事がある訳じゃないし………」
「上着のポケットに何か準備してて用事が無いって事は無いんじゃない?」
 丁度、コーヒーを口にしたところで、フェイトの思いがけない言葉を耳にして、盛大に飲み下し損ねた。
 ここで吹き出してしまわなかった自分を褒めたい。さすがに遊びに来ていて、床にコーヒーのシミなど撒き散らして帰っては、恥でしかないから。
「けほっ………ふぇ、フェイト。見たの……? 中身」
 咽せだした自分の背中を摩ってくれながら、フェイトが首を横に振りながら苦笑した。
「さすがにそんなことしないよ。ユーノ、気が付いてなかったかもしれないけど、カレルがハンガー引っ張って倒した時にポケットからこぼれ落ちてたんだよ?」
「…………見つけたのがフェイトで良かったと思うべきなんだろうね」
 はやてやアリサに見つかっていた日には何を言ってからかわれていた事か。
「貸し一つ、かな?」
「見返りは本局のランチで手を打たせて下さい」
 とはいえ、ちゃっかりしているフェイトの言葉にガックリと肩を落とす。指を二本立てている辺り、その回数分だけ、もしくはなのはの分も一緒にね、と言いたいのだろうか。
「ほらほら。連絡、連絡」
 急かすように肘で突つかれて、ノソノソと折りたたみ式の携帯を取り出して開く。
 ―――なのはから、着信が入っている様子は無かった。

 別段、マナーモードにしていたわけでもないから、誰からも掛かってきていないことは分かっていたつもりだったが、それでも少しばかり気落ちしているのが自分でも分かる。
「………仕事終わってても、時間が時間だ。なのはにも迷惑になるよ、きっと」
「はやてたちにプレゼントの事、言っちゃおうかなー」

 携帯を畳んで仕舞おうとしたら、フェイトがわざとらしく一言呟いた。
 ギョッとして振り向いたら、フェイトが盛大にニッコリ顔をこっちに向けている。
 その笑顔にはどう見ても、いいからさっさと連絡してあげなさい。じゃないとホントにはやてたちに言いつける、と書かれている。

「……………分かった」
 うんうん、よろしい。と、空になったカップを指に搦めたまま、腕を組んで頷いているフェイトを横目に観念したように一つ大きな溜め息を吐いて、登録してあるなのはの携帯のダイヤルをコールした。
 こういう時はひたすらにお節介になってくれる幼馴染みに感謝するべきか否か。
 今回に限っては感謝しておいた方が良かったかもしれないが。きっと後押しが無かったら連絡はしなかっただろうし。

 もしかしたら、既に寝てしまっているかもしれない。数コールで出なければ切ろう。そう考えながら、耳に響く携帯のコール音を聞く。
 一つ、二つ、三つ………四つ目のコール音が鳴った後、その音が途切れた。
 何故か、いつもより緊張しているのが、自分でも分かる。

「………もしもし、なのは?」
「あーー♪ ユーノ君だぁ」
 なのはの反応に身構えていたら、電話越しに聞こえてきたなのはの妙なテンションに思わず前のめりになりそうになった。

「な、なのは? もしかして……お酒飲んでる?」
「えへへー、ちょっとねぇ。打ち上げで少しもらっちゃって♪」
「もらっちゃってって……なのは、今、外にいるの?」
 さすがに飲んでると知ったら、ちょっと心配になってきた。まさか、そんな状態で外にいるなら、さすがに放ってはおけない。
「ううん、お部屋だよー♪ ユーノ君のー」
「そっか。って、はい………………?」
 そう思って、どこにいるのか訊いたら。なのはが何かとても聞き捨てならないことを言った気がする。

 今、どこにいると言った?

 自分の耳が間違っていなければ。
「………なのは、今、どこにいるって言った?」
「だからぁ、ユーノ君のおへやー」
 自分の耳に間違いはなかった。たまに遊びに来てくれたりするから、確かにロックの番号は教えてはいた。
 だが…………。
「あのー……なのはさん、何でうちに?」
「んー? 何となーく」

 電話越しに響く妙なテンションのなのはの笑い声。
 駄目だ。いつものなのはじゃない。盛大に酔っていらっしゃる。
 どのくらい飲んだのか知らないが、なのはの酒癖の悪さに驚くべきか、まさか自分の部屋に来ているなどというとんでも無い行動に驚くべきか。
 ともかく。これは急いでうちに帰った方が良さそうだ。

「……分かった、なのは。とにかく僕今からそっちに帰るから。そこに居て。いいね?」
「はーい♪」
 陽気な声で応えるなのはにそう告げて、ひとまず携帯を切る。感じた視線に顔を向けてみたら、さすがに様子が変だと思ったのか、フェイトが心配そうにこちらを見ていた。
「なのは、どうかしたの?」
「うん…………どうも教導隊の方でも打ち上げがあったらしいんだけど、それでお酒振る舞われたらしい。で、飲んだあげく、何でか知らないけど、僕の部屋に押し掛けてるみたいなんだ」
 困ったようにガシガシと頭を掻くユーノにフェイトは口元に手を当てて何か考え始めた。そんなフェイトに怪訝そうな顔をしながら、ユーノがソファから立ち上がる。
「とにかく、どうも早く帰った方が良さそうだ」
 そう言って、ハンガーに掛けてあった自分の上着を取って袖を通す。一回ポケットの中に手を突っ込んで中にある物を確認する。
 そう、なのはに渡すつもりだったプレゼントの入ったケースを。

「じゃあ、帰るから。クロノ、悪い。転送ポート使わせて」
「ああ」
「あ、待って。ユーノ」
 クロノに断りを入れて、転送ポートのスイッチを操作していたら、背中にフェイトの声が掛かった。
 操作する手はそのままにフェイトの方へと顔を向ける。
「なのはの事なんだけど………怒らないであげてね」
「分かってるよ」
 心配げなフェイトの言葉に苦笑しながらユーノは微笑んで頷く。驚きはしたけど、元々別に怒ったりしてはいない。
 むしろ、今はなのはがどうしているかの方が心配だ。
「それじゃ、今日はこの辺で」
「ユーノ…………ううん、何でもない」
「…………? じゃ、またね、フェイト」
「うん、またね。ユーノ」
 ユーノがポートの光の中に消えるのを見送って、フェイトは一つ溜め息を吐く。雑誌を読んでいたクロノがそれを下ろしながら口を開いた。
「何か、あいつに言いたかったんじゃないのか?」
「ううん…………いいんだ。多分、ユーノも分かってるだろうから」
 なのはが何で今日に限って、そんな事をしたのか。それは今日ユーノがここに来て、ずっと感じていた事と………きっと、同じ理由だろうから。
「………ふふ、メリークリスマス。なのは」
 なのはにはそんなワガママに応えてくれるユーノが居てくれる事がちょっと羨ましい。そう思ったフェイトだった。

                  ◆  ◇  ◆

 なのはとの電話を終えて大慌てで本局の次元港へと戻り、それから自宅の前までユーノが戻ってきたのは三〇分程経っての事だった。
 肩で息をしながら、扉に触れる。ロックは既に外れており、なのはが中に居るであろうというのは間違いなかった。
「ふぅ………」
 一息吐いて呼吸を整える。こういう時に限って、次元港のターミナルにタクシーが居なかったりしたわけで、大急ぎで走って帰ってきた。さすがに局内で個人転送を行うわけにもいかなかった。

「なのは、いるの?」
 入り口になのはの靴が転がっているのを確認して、中に入って奥に居るであろうなのはに声を掛ける。
 自分も靴を脱いで上がろうとしたところで不意に気配を感じ、次いで後ろから抱きつかれるような形で誰かに目を塞がれた。

「おかえりさなーい。えへへーー♪ だーれでしょう?」
 誰だと言われても、一人しか選択肢は無い。声でも既に丸わかりである。
「あのねぇ、なのは………」
「えへへ、せいかーい。でも、帰ってきたら、ただいまだよー? ユーノ君」
「あ、うん……ただい………ま!?」
 視界を覆っていた手が外れ、抱きついていたなのはが離れたので、振り返ってユーノはその姿に目を剥いた。
「ちょ、なのは、なんて恰好してるのさ!?」
「ふぇ? だって、ちょっと暑いんだもん……」
 マジマジと見てしまわないように慌てて顔を反らすが、今のなのははとてつもなくラフというか、見ているこっちが困る恰好だった。

「スカートどこに置いてきたの!?」
「奥だよー?」
 上はブラウス一枚、下は下着という姿。アンダーこそ身に着けているものの、ブラウスの胸元は大きく開き、何というか見ているこっちは別な意味で暑くなりそうな姿である。
 この分だと、酒が回った勢いで暑くて脱ぎ散らかしたのだろう。何となくリビングに入りたく無くなってきた。

「というか、まさか、僕が帰ってくるまで、ずっと玄関で潜んでたわけ?」
「えへへー♪」
「えへへじゃないよ………」
 本局に戻った時点で一度連絡は入れて走ってきたが、それでもそれは三〇分は前の事だ。今も部屋に入る前にチャイムを鳴らすような事はしなかった。
 つまり、その間、ずっとなのはは自分を驚かすためにここで隠れていたということになる。

「もう、なのは……って、わっ」
「えい」
 今度は正面から勢いよく抱きつかれて、思わずユーノは抱きついてきたなのはと一緒に尻餅をついてしまう。
「ったた、なのは………」
「ユーノ君だぁ」
 まるで母猫に甘える子猫のようにユーノの胸元に顔を埋めるなのはにユーノは溜め息を吐く。
 ポンポンと背中を優しく叩き、そのままゆっくりと立ち上がる。さすがに玄関先でこんな事やっていたら、万が一人が来たりした日には何が言えるやら、である。

 どうにか、抱きついたままのなのはを引きずるような形でリビングまで入ってみれば、やはり案の定であった。
 ソファに上着とリボンタイは投げ出され、スカートとソックスはソファ近くのテーブルの下辺りに散乱しているという有り様。
 抱きついていたなのはを何とか引きはがしてソファに座らせて、自分もその隣に腰を下ろす。
 テーブルの上にはなのはが買ってきたのだろう、揚げ物が置いてあって、さらに封の切られたワインの瓶が………二本ほど。
「なのは、ひょっとして、うちに来て、まだ飲んだ……?」
「うん、ちょっと」
 いや、二本はちょっとじゃないだろう。と、思わず内心でツッコミを入れる。そもそも地球で考えれば、自分たちはまだ未成年である。酒も煙草も嗜むには早い年齢だ。

「ユーノ君も一緒に飲もうよー」
「いや、飲もうよー、って二つとも空じゃないか」
 テーブルに置いてあった瓶を振ってみるが、どちらもやはり中は空。
「えー、じゃあ、買ってくる」
「あー、もう分かったから」
 妙に力んでスクッと立ち上がったなのはの肩を押さえて座らせて、自身はキッチンへと向かう。スクライアからの仕送りで来た果実酒のたぐいがあったはずだ。
 自分から飲む事は殆どしないので、まだ封も切らず置いてあった。

「はい、ワインじゃないけど。ただし、この一本で終わりにしよう、ね?」
「はーい」
 ホントに分かっているのか、判断が付かないなのはのニコニコ顔に苦笑しながら、封を切る。
 空になっていたなのはのグラスに注いでやる。
 グラスはよく見るとユーノの家の物だ。勝手に出してきたのだろうが、棚にあったこの果実酒がよく見つからなかったものである。
 もう一つ使われていないグラスが置かれているところを見ると、最初のうちはユーノが帰るのを待っていたのだろう。

 帰ってこない事にしびれを切らして、ヤケ酒していたのならば、さすがにもっと早く連絡してみるべきだったかもしれないと反省混じりに溜め息が漏れる。
 使われないグラスにも自分の分を注ぐ。なのはが早く早くと急かすようにグラスを持ってソワソワしていた。
「はいはい、乾杯」
「えへへ、かんぱーい」
 軽くカツンと響く音と共にグラスを交わして、なのはがグラスに口を付ける。クイッと一気に飲み干してしまうかと思ったが、味わうように飲んでいる辺り、まだそこまで酔ってはいないのか。
「あ、これ美味しい」
「スクライア自家製の果実酒。毎年出来たら、送ってくるんだ。あまり飲まないから溜まる一方だけどね………言っておくけど、まだあるからって言っても、もう出さないからね?」
 釘を刺すようなユーノの一言になのはの頬が可愛らしく膨れる。

「ぷー」
「ぷーじゃないの」
「ユーノ君のけちんぼ」
「けちんぼで結構」
 分かっていてわざと言ってるのは間違いないだろう。残っていた揚げ物を手にクスクス笑っているなのはを見て軽く苦笑する。
「…………なのは、ごめんね」
「んー。なーに?」
「遅くなった事」
「いいよ、私の勝手で押し掛けたんだもん、ユーノ君のせいじゃないよ」
 空になったグラスをテーブルに置いて、なのはがそっとユーノの肩に寄りかかる。
「しばらく……こうしててもいいかな?」
「なのはのお気の召すままに」
「うん………ねぇ、ユーノ君。今日の事、お話しして?」
「うん、分かった」
 どうしても参加出来なかったクリスマス会。なら、せめて皆がどうしていたか、雰囲気だけでも感じさせてあげられたらいい。
 グラスを置いて、自分の肩に乗っているなのはの頭を優しく撫でてやりながら、今日の事をゆっくり話していった。
 それからしばらくの間、一つ一つの話になのはは楽しそうに相づちを打ちながら満足げに聞いていた。

「なのは………?」
 いつしか、相づちを打つ声が聞こえなくなったと思ったら、規則正しい寝息が聞こえ始めていた。
「寝ちゃったか」
 気持ちよさそうにしているなのはを起こさないように、自分の膝を枕に寝かせてやる。
 途中、さすがちょっと躊躇ったけど、極力凝視しないようにしてソファの上に脚を上げてやった。変な体勢で寝て、身体を痛めるよりは良いだろう。
「………無防備すぎだよ、なのは」
 あまりにも無防備に寝息を立てているなのはにユーノから思わず溜め息が漏れる。
 正直、下着の女性が目の前にいて、ある意味自分の自制心は感心するレベルだと言っていい気がした。
 はやて辺りに言わせたら草食動物と言われそうだけど。
「ま、それだけ信頼してくれてるってことなのかな?」
 苦笑しながら、ソファの裏に転がしてあった毛布を引き上げてなのはにそっと掛け、酒のせいか汗ばんで額に張り付いている髪を優しく払う。
「寂しいです、か」
 穏やかに膝の上で寝息を立てているなのはの髪を撫でてやりながら、そう口をついて出た。
 ハラオウン家からの帰り際、フェイトが最後に言わんとして飲み込んだ言葉は聞かずとも、もちろん理解していた。

 なのはが何故、今日に限って、こんな事をしたのか。その答えは自分も同じだった。
「遅くなってもいいから、顔出せば良かったんだよ」
 苦笑しながら、それでも寂しいと思った時、ここへ来てくれた事は少なからず嬉しいと想った。
 自分もなのはも昔に比べれば、どんどん一緒にいられる時間は少なくなって来ている。
 だからこそ、今日みたいな日をなのはも自分も大切にしていた。
「ふぁ…………このまま寝るか」
 なのはを起こしてもいけないし、自分も寝てしまおう。
 毛布はなのはに掛けてしまったから、脱いで傍に置いていた上着を引き寄せて羽織る。
 羽織った拍子にポケットから、なのはに渡すつもりだったプレゼントの入ったケースがこぼれ落ちた。
「っと、そうだった。せっかくのクリスマスにこれ忘れちゃいけないな」
 クスクス笑って、ケースを留めていたリボンを解き蓋を開け、桜色の石をあしらったブレスレットを取り出すと、なのはの左手に通してやる。
「メリークリスマス、なのは」
 寝ているから聞いてはいないだろうけど。そっと左手に軽く接吻すると、グラスに残っていた酒を飲み干しユーノもまた、ゆっくりと目を閉じるのだった。



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