「翡翠と桜と木漏れ日と」
 
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……時たまクロノが言っている言葉がある。

世界には「こんなはずじゃないこと」ばかりが溢れていると。
今まさにその「こんなはずじゃないこと」に見舞われつつ、両腰に手を当て、仁王立ちしている少女、
高町なのはを前に少年、ユーノ・スクライアは深く溜息を吐いた。

「……何か申し開きはありますか? 被告人ユーノ・スクライアくん」

可愛らしい声にやや怒気を孕んで睨み付けてくるなのはにユーノは冷や汗たらたらに言葉に詰まる。
サスペンスドラマによくある裁判シーンじゃないんだからとは思っても、下手な二の句は紡げない。
何しろ、ものの見事に待ち合わせに遅刻してしまったのだから。

休日になのはの買い物に付き合う事になり、海鳴の公園で朝の十時に待ち合わせていたのだったが、
何を間違ったのかタイマーのセット忘れていた。
目を覚ました時、寝ぼけ頭で時計を確認してみて驚いた。約束の時間をとうに過ぎていたのだから。
携帯を恐る恐る見てみれば、なのはからの確認メールが何通も来ており、慌てて準備して出てきたのだが、結果はごらんの有り様。

待ち合わせていた公園に二時間も遅れて到着した時、それでも走ってくるユーノの姿を見つけたなのはは笑って手を振ってくれた。
まぁ、近くまで来たところで、お約束とも言うべき「遅い!」のひと言と共に膨れてくれたのだが。
これが、もしアリサだったりした日には伸びるんじゃないかと思うくらい頬を引っ張られるか、
イガグリスペシャルの一つでも飛んで来ていた事だろうし、むしろ怒って帰っていてもおかしくない。
普通に考えれば、待ってくれていただけでもありがたかった。

「え、えーと……」

さて、どう答えたものか。なのはに見上げるようにジロリと半眼を向けられて、思わずユーノは後ずさる。

(……何でこういう時のなのはって、やたら迫力があるんだろう)

まだ、中学に上がってそう間もないというのに。
年齢で言えば十代前半で同い年にもかかわらず、凄んだ時のなのははやたら恐い。
それが高町の血ゆえか、なのはだからかは見当が付かないが。
自分のドジに嘆息しつつ、身振り手振りを加えて何か言葉を紡ごうとしたユーノに、なのはが突如、小さくプッと吹き出した。

「なのは?」
「あははは、も、もう駄目! ……ユーノくん、おもしろすぎ」

堪えきれなくなったらしく声を上げて笑い出したなのはにユーノはキョトンとして、惚けたように口を開く。

「あはは、別にわたし怒ってないよ? ユーノくん」
「へ? え? ええええ!?」

突如、笑い出したかと思えば、あれだけ膨れていたというのに実は怒っていないなどと言われては、さすがのユーノでも混乱してくる。
間違いなく先ほどまでのなのはは怒っているようにしか見えなかったから。

「え、えっと……なのは」
「なーに?」
「その……ホントに怒って………ないの?」
「うん、怒ってないよ」

いつも自分に向けてくれる満面の微笑みでそう返してくれるなのはの顔を見て、
本当に怒っていないんだとユーノはホッと胸をなで下ろす。
そんなユーノにクスクスと笑いながら、なのはが少しかがむように下からユーノの顔を覗き込んできた。

「でも、ユーノくん。どうして遅くなっちゃったの?」
「ごめん……実は寝過ごしちゃって………」
「……ユーノくん、やっぱり疲れてた? ……ごめんね、お仕事忙しいのに。せっかくのお休みの日に付き合わせちゃって」
「あ、いや、疲れてたとかじゃなくて! ホントにただ寝過ごしただけだから!」

誘ったりして悪かったかなと苦笑するなのはに慌ててユーノは首を横に振る。
なのはは全く悪くない。確かに前日も仕事だったし、ユーノ自身にも疲れもあったかもしれないが、そんな事は関係ない。
せっかく誘ってくれたのに盛大に寝坊などやらかす自分が悪いのだから。

「ホントに大丈夫?」
「大丈夫だよ、無理なんかしてないから」

心配性だなぁ、と苦笑しながらユーノが答えたところで二人のあいだに間の抜けた音が響いた。
ある意味鳴って欲しくない音が響いた事にユーノの頬が途端に引き攣る。ユーノのその顔になのはが再び吹き出した。

「あははは! そうだね。わたしもお腹空いちゃったし。まずはお昼にしよ?」
「う、うん……ホントに待たせてごめんね、なのは」
「こっちこそ無理に誘ったんだもん。おあいこだよ」

申し訳なさそうなユーノに首を横に振ってなのはは笑顔を返す。
いきなり遅れて始まってしまった休日だが、別に急ぐような事でもないのだから。

「あっ、そうだ! いっその事、お買い物も止めて何か別の事で過ごさない?」
「へっ? 買い物はいいの?」
「別にお買い物じゃなくても良かったんだ」

予定がずれてしまったのなら、いっそ丸々変えてしまおう。
なのははそう笑いながら告げる。
遅れてしまったのなら、いっそ無計画に二人で過ごすというのもいいのかもしれない。
なるほど、とユーノも苦笑しながらもそれに応じるのことにする。
どのみち、今日はなのはに付き合うという予定しか立てていないのだから。

            ◆◇◆

結局、まずは二人でそのまま翠屋へと足を運ぶことにした。

「いらっしゃいませ……と、なのはにユーノ君じゃないか。今日は買い物に行くんじゃなかったのか?」
「にゃはは。ちょっと予定変更。ご飯食べてからお散歩でもしようって」
「こんにちは、士郎さん」

翠屋の入り口をくぐったところで、出迎えた士郎が不思議そうな顔をした。
カウンター越しに士郎が声を掛けてくる。
今頃は買い物先で食事でもしているだろうと思っていたのだろう。

「ははーん。大方ユーノが思いっきり遅刻でもしたんでしょ?」

客の引いたテーブルから食器を下げつつ、美由希がニヤニヤしながら会話に口を挟んでくる。
申し訳なさそうになのはの後を付いてくるユーノを見て、見当が付いたのだろう。
ふきんとメニューを持ってカウンターから出て来た士郎が、空いたテーブルを拭いていく。
その途中、美由希にからかわれ乾いた笑いを浮かべているユーノの顔が視界に入り、士郎は声を漏らして苦笑した。
あまりにも分かりやすいユーノの顔が面白かったのかも知れない。
もしかすると、本人にも似たような経験があるのかも知れないが。

「よし、これでいい。ほら、二人ともこのテーブル使いなさい」

二人を片づけたテーブルに呼び寄せ、士郎が二人の頭を大きな手で優しく撫でる。
撫でられながら、なのはは嬉しそうに、ユーノはくすぐったさと申し訳なさが入り混じったような笑顔を士郎に返した。

「すまないな、ユーノ君。せっかくの休みをなのはに付き合わせてしまって」
「いえ、ありがとうございます。僕なら大丈夫ですよ…遅刻しちゃってなのはには悪いことしましたけど……」

目線を合わせるように少しかがみ、見据える士郎にユーノはしっかりと頷く。
苦笑するユーノに士郎も頷くと撫でていた手を退け、メニューを二人の前に差し出して、
カウンターへと戻っていく。

「えっと。わたしはクリームパスタ! ユーノくんは?」
「じゃあ、ハンバーグカレーを」
「……いきなり、重いもの食べるね。ユーノくん」
「いいじゃないか。好きなんだから」

パラパラと捲ってあまり迷いもなく、そのメニューを決めたユーノになのはがやや呆れた声を上げる。
ここに来るまでに何も食べていない事はユーノから聞いていた。
いきなりそんなもの食べたら胃がビックリするんじゃないか、と。
なのはの言葉に苦笑するユーノだったが、好きなものは好きなのだから仕方ない。
クロノ辺りに言わせたら、ハンバーグとカレーなどと小さな子供の好きなメニューじゃないかと皮肉られるだろうが、
余計なお世話である。

「二人とも決まった?」

テーブルにやって来た美由希がトレイに乗せていたグラスを二人の前に置き、
エプロンのポケットに入れていたメモを取り出し、二人の注文を確認していく。

「うん、わたしはクリームパスタ。ユーノくんはハンバーグカレーね。あ、お姉ちゃん」
「ふふ。分かってる、分かってる。ユーノはセットのサラダ大盛り、でしょ?」

さすがに姉妹と言うべきか。
なのはの言いかけた言葉を皆まで言わずとも分かっていると、メモを取っていたペンをクルクルと回して美由希はニッと笑う。
なのはも美有希の言葉に親指を立てながら笑い返したが、勝手にそんな事を言われたユーノはギョッとする。

「ええっ!? ちょ、ちょっと!? 二人とも!」
『だって、日頃の食生活が信用おけないから』

姉妹のステレオ音声にガクリと項垂れるユーノに、カウンター越しの士郎が声を押し殺して笑っているのは気のせいではないだろう。
そちらを向いてみれば、いつの間にか厨房から桃子も顔を覗けてこちらを見ながら楽しそうに笑っていた。

メモを取り終えて、厨房へと引っ込んでいく美由希を見送って、ユーノが軽く溜め息を吐いた。

「……ねぇ、なのは。そんなに僕の食生活信用無いの?」
「少なくとも今日は信用してないかな。ご飯抜いてるから」

そう言い返されては確かに何も言えない。
そんなユーノにクスクス笑いながら、なのはが楽しそうに口を開いた。

「そういえば、こっちでお休みに二人でお昼ご飯するの久しぶりなのかな?」
「休みの日に、って言うなら、そうかもね」

二人とも局での仕事中に食堂で顔を合わせる事などはあるが、
ユーノと会う時は大抵、なのはの方が本局へと足を運ぶ事が多かった。
そのまましばらく雑談を繰り返し、なのはがこの後の予定について切り出した。

「ご飯食べたら、この後どうしよっか?」
「僕は別に何でもいいよ?」
「じゃあ、グルッとお散歩して、その後はうちに寄るって事で。あっ、そうだ!」
「なのは? どうかした?」

ポン、と手を打つなのはにユーノが問い返す。
良い事を思いついたという顔でなのはがニコニコと笑うのを見て、ユーノも不思議と攣られて顔に笑みを漏らした。
なのはにはいつも笑っていてほしい。
なのはが空を飛ぶ姿を見ながら、いつもユーノが想っている事でもあった。
空を飛んでいる時もそうでない時も。自分にとって、いや皆にとって、
高町なのはという少女は太陽という存在のようなものだから。

「あのね、ユーノくん。この後、どこでも良いって言ったよね? なら、わたし行きたい場所があるんだけど、そこでも良いかな?」
「さっきも言ったけど、僕は別にどこでも付き合うよ?」
「いいねぇ、若い二人は熱々で」

ユーノがそう返し、なのはが満足げに頷いたところで、厨房から戻ってきた美由希が再び二人に声を掛けてきた。
何が熱々なのかよく分かっていないなのはとユーノが二人して、キョトンとした顔を美由希に向ける。
二人にしてみれば、別に普段通りなだけだから。
その姿に腰に手を当てながら、美由希は溜め息を漏らした。
端から見ていれば、今までの会話も微笑ましいカップルの会話にしか見えないのだが、
本人たちはそれを一切、自覚していないのだからタチが悪い。

「はー……からかい甲斐のない……」
「こら、美由希。二人に迷惑掛けてないで仕事しろ」
「はーい」

士郎に咎められ、お客が立ち、空いたテーブルをつまらなさそうに下げに行く美由希の背にクスクスと笑う声が掛かる。
二人がそちらを見てみれば、いつの間にか出来上がった料理を持って、桃子がそこに立っていた。

「はい、二人とも。お待たせ。なのはがパスタでユーノ君がカレーね?」
「うん、ありがとう。お母さん」
「いただきます」

料理に手を付け始めた二人を楽しそうに眺めながら、桃子が不意になのはの隣へと腰を降ろした。

「お母さん? どうしたの?」
「ちょっと、休憩。……うん、やっぱり、あなたたちはそうしてるのが一番ね」
「ほぇ? 何がですか?」

ユーノの言葉に何でもないわ、と返して微笑む桃子に顔を見合わせた二人が首を傾げた。
その様子にカウンター越しに見ていた士郎が苦笑を漏らす。
美由希といい、桃子といい、二人して何をやっているのかと。
桃子にしてみれば、なのはたちが楽しそうに笑っている姿を見るのが、嬉しいのだろう。
二人の邪魔をするなと言いたいところだが、美由希と違い、さすがに桃子では強く言い出す事が出来ない士郎だった。

そんな士郎の視線に気が付いたのか、桃子が士郎の方へと顔を向けて、クスクスと笑う。
士郎の言いたい事を分かっていてやっている辺り、桃子も結構タチが悪いのかもしれない。
軽く溜め息を吐くと、もう諦めたとばかりに士郎はカウンターの奥へと引っ込んでいく。
桃子が厨房から出てきているのだから、誰かの手がいるかもしれない。

厨房の方へと引っ込む前に不意に振り返ってみたら、食べるのに夢中になっていたのか、
ほっぺたにカレーのご飯粒を付けていたユーノになのはが笑いながら、取ってやっているところだった。

「……二人がそうしているのが一番、か。確かにそうかもしれないな」

なのはが特に楽しそうに笑っている時は、やはりユーノやフェイトたちと一緒にいる時だ。
家族の前では見せないような笑顔をたまに見せるなのはに少しばかりの寂しさもあるが、
それを引き出せる友人たちがそばに居てくれる事を嬉しく思う。

カレーばかりに集中していて、野菜を食べていないとなのはと桃子に注意され始めたユーノに軽く吹き出しつつ、
士郎はそう思いながら厨房の方へ足を運んでいった。

            ◆◇◆

食事を済ました後、適当に散歩することにしていた二人だったが、
適当にと言っても、どこに行くとも決めないのも何だと話していたら、
ならあそこに行ってみよう、となのはが思いついたように言い出していた。

なのはが言い出した場所。それは公園の端にある抜け道の林道。
そう、二人が初めて出会った全ての始まりの場所。

「この林道に来るのも久しぶりだよねー」

なのはの言葉にそうだね、とユーノが歩きながらウン、と背を伸ばす。
ユーノの周りを回るように歩いていた、なのはが背中側に回り込んでその背に飛びついた。

背中に突然抱き付かれ、何とか転けるのだけは避けようと、一歩踏み出して何とかユーノが踏みとどまる。

「どわ!? っと、とと。いきなり危ないじゃいか、なのは」
「にゃはは、ごめんごめん」

そのまま歩みを止め、首に回された腕越しになのはの方へユーノは振り返った。
無駄だと思いつつも、非難の声を上げてみたが、なのはは楽しそうに笑うだけ。
軽く溜息を吐いて、諦めたようになのはに声を掛ける。

「………はぁ。まぁ、いいや。でも、何でまたここに来ようって思ったの?」
「んー? 何となく、だよ。久しぶりにユーノくんと来てみたくなっただけ」

そう言ってユーノの背から離れると、ユーノの前へと回り込んで、
クルリと回転すると後ろでステップを踏むようにユーノの先へと進み、その場で止まる。
ユーノが近付き、なのはの影に足が掛かりそうになると、また同じようにステップでなのはは先へと跳ぶ。

特に意味があるわけでもないが、まるで影踏み鬼から逃げるようにクスクス笑いながら、先に進んでいくなのは。
なのはがステップ軽く踏むたび、持っているバスケットがかすかに揺れる。
翠屋から出る際、桃子がおやつにと持たせてくれたものだった。
中身はタルトだと言っていたが、あまり派手に揺らすと形が崩れるんじゃないかと気になりはしたが、
まぁ、その辺はなのはも考えているだろう。
そんななのはに苦笑しつつ、ユーノも無理に追い付こうとはせず、
なのはの歩調に合わせながらゆっくりと進み、程なく歩いた所で二人は目的の場所へと辿り着いた。

「えっと、ここら辺だったよね? 僕が倒れてたの」
「うん、ちょうど今、ユーノくんが立ってる足下の辺り。懐かしいなぁ」
「……確かに懐かしいけど、僕にはややアレな場所でもあるんだけどね」

懐かしむように笑って、手近な木に寄っていくなのはにユーノは少しばかり複雑そうな笑顔を返す。
確かに二人にとって出逢いの場所でもあるが、ユーノにとってみれば、自分が危うく死にかけた場所でもあるから。

そんなユーノの心の内を知ってか知らずか、木漏れ日の差す木の根本に座り、
うん、と心地よさそうに笑うなのはが自分の右側へとユーノを手招きする。
なのはの周りだけでなく、辺り一帯、木の葉の間から零れ落ちる光の粒が、心地良い陽だまりを作り出していた。

そんな陽だまりの中で笑っているなのはに一瞬だけ、ユーノは見惚れた。
日頃からなのはは太陽みたいな子だと思っていたが、それが更に際立って見えたから。
ぼうっとするユーノに不思議そうになのはが首を傾げるのを見て、
正気に返ると、何でもないと軽く笑ってなのはの隣へと腰を下ろす。

腰を下ろしたところで、ユーノの眼前にいちごが乗せられたタルトが差し出される。
横を見てみれば、いつの間にかバスケットを開けたなのはが、タルトを取り出して手に持っていた。

「はい、どうぞ。ユーノくん」
「うん、ありがとう、なのは」

なのはからタルトを受け取って、まず一口頬ばる。いちごの程よい酸味とクリームの甘さが口の中へと広がっていく。
ユーノがおいしそうに頬ばるのを楽しそうに眺めつつ、なのはも自分の分を取り出して口へと運ぶ。

「うん、おいしいや。何て言えばいいのかな。桃子さんのお菓子って、暖かい感じがするんだよね」
「えへへ、ありがと。そう言ってもらえたら、お母さん喜ぶよ」

自慢の母が作ったお菓子をなのはも楽しみながら、隣にいるユーノと他愛ない話を交わしていく。
ポットに詰めてもらっていた紅茶を啜りつつ、タルトを片手に穏やかな午後の陽光と木の枝が作りだす木漏れ日の下、緩やかに時間は過ぎていった。

「ふぁ……」

タルトも食べ終え、カップに注いでもらった紅茶も無くなった後、会話もやや緩やかになり、
さわやかな風が二人と林道の間に流れる中、ユーノが不意に欠伸を漏らした。

「ユーノくん? ……もしかして眠くなっちゃった?」
「あー……うん、正直、そうかも」

噛み殺そうとして、堪えきれずに今度は大きな欠伸が出てしまう。
睡眠が足りていないわけではないだろうけど、それでも眠いものは仕方ない。
胃が満たされた事もあるだろうが、きっと。この場所の暖かさが主な原因だろう。

そう考えれば、なのはと出会う前にここで起きた事も、悪い思い出ではないような気がしてきた。

眠気で勝ってきて段々と考えがボウッとしてくる中、なのはが肩を揺すってユーノに声を掛ける。

「ユーノくん、眠いなら寝ててもいいよ?」
「うん………そうするけど、さすがに…このままでいいよ」

自分の膝をポンと叩きながら、そう告げてくれるなのはだったけど、さすがにちょっと遠慮したい。
誰かが通りすがったら、恥ずかしいし。

眠くて回らなくなってきた頭で、ユーノがそう返したら、なのはは、やや不満そうな顔で頬を膨らませてきた。

確かに人が殆ど通る事のない林道ではあったが、希に散歩する人がいたりもする。
さすがに昼寝するのに結界を張るのは以ての外だし、張ったとしても膝枕はやっぱり恥ずかしい。

「むー。そうだ。なら、フェレットさん! フェレットモードでなら、恥ずかしくないでしょ?」
「……………」

名案だ、と勝ち誇ったような顔を向けるなのはにまぁ、いいや。と考えを放棄して、
ユーノは変身魔法を起動させ、フェレットへとその姿を変えた。

「にゃはは、あの時もこんな感じだったよね」

二人が初めて出逢った日。
弱り切っていたフェレット姿のユーノを抱きかかえたときのことを思い出しながら、
隣でフェレットへと姿を変え、眠そうに地面に伏せているユーノを抱き上げて、自分の膝へと乗せてやった。

もう既に半分眠っているのか、一定のリズムで動いているユーノの鼻先を軽く突ついて、なのははクスクスと声を漏らして笑い出す。

「お疲れさま、ユーノくん」

ごめんね、付き合わせて、と後に出掛けた言葉は飲み込んで。
なのははスヤスヤと寝息を立て始めたフェレット姿のユーノの背中を優しく撫でてやった。

「やっぱり、ユーノくんの毛並って、フサフサしてて気持ちいいな」

……どうせなら、普通に膝枕してみたかったけど。
そう少しだけ残念そうに笑って、なのははもう一度、ユーノの背中を撫でてやる。

どうせなら、自分も寝てしまおうかな。そう思ったら、自分も眠くなってきた。
やっぱり、この暖かな陽だまりがいけないんだ。

「……レイジングハート、誰か来たら起こしてね」
『all right.』

相棒にそう声を掛け、自分も眠りに付こうとして、眠る前に一つ思いついた。
胸元で軽く明滅していた相棒に少し魔力を掛け、宙へと浮かせる。

「ねぇ、レイジングハート」
『何でしょうか?』
「えへへ、その位置で写真撮って」
『………彼が後で怒っても知りませんよ?』

一応の注意だけはして、レイジングハートが自身の記録機能を利用して、
ユーノを膝に乗せて、自分を見上げる主の姿を写真データとして収めた。

『撮れましたよ?』
「うん、ありがとう。……じゃ、おやすみ、レイジングハート」

満足げに頷くなのはの手に収まりレイジングハートは軽く明滅する。
程なくして、なのはから一定のリズムを保った寝息が聞こえ始めた頃、
幸せそうに眠っている二人を見守りながら、レイジングハートは独り呟いた。

『……いっそ、私も寝たくなってきましたね』

木漏れ日が作り出す陽だまりの中、自身もなのはの手の中で、その暖かさを感じていた。

『……人が来たら、起こせとは言われましたが、いつ頃、起こせとは言われていませんでしたね』

スリープモードへと落としたい欲求を抑えつつ、二人の寝顔でも楽しみながら、この暖かさを楽しもう。
自分たちで起きなければ、起こすのは日が陰り始めた頃でもいいだろう。
そう苦笑するように、なのはの手の中で紅玉は明滅するのだった。




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