「翡翠と雷光(ひかり)の夜散歩」
 
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 ―――それは只の偶然。

 ―――でも、ちょっと嬉しい偶然。

 その日、フェイト=T=ハラオウンが本局での仕事で終えたのは、夜も更けた頃になってのことだった。
 ミッドにある自宅へ帰るのもこんな時間ではさすがに億劫。
 本局の仮眠室で今夜は泊まることにしたのだったが、これまた困ったことになかなか寝付けなかった。
 外出したのも寝付けなかったからだ。たまたま夜の散歩に出かけてみただけだった。
 本局は時空管理局、次元航行部隊の統括施設でもあり、巨大な次元港でもある。
 民間施設や企業も多く、一つの大きな街を中に作り出している。
 そんな街でも夜という物はあるわけで。ミッドチルダの標準時間に合わせた今は夜更け時。
 町も寝静まるそんな時間に出歩いて目的なんか有るわけ無い。
 デスクワークで凝った頭を夜風で冷やせば少しは眠れるかも知れない。そんな風に考えただけ。
 そんな風にブラブラとフェイトが本局内の町並みに沿って歩いていた時だった。
 人通りも殆ど無い時間だというのに自分と同じように散歩している人物の後ろ姿が見えた。
 自分の事を棚に上げ、物好きな人もいるものだ、と考えていたら不意に前を歩いていた男性の後ろ髪が街灯に照らし出された。
 ――――見慣れたリボン。

「ユーノ?」
 気が付いたら、自然とそう声を掛けていた。
 掛けられた声に男性が振り向く。やはり前を歩いていたのはフェイトのよく知っている人物。
 だけど、こんな時間には外を出歩いていることは無いだろうと思える人物。
「フェイト?」
 振り返ったユーノを見て、フェイトは軽く吹き出してしまった。
 声を掛けられたことも掛けてきた人物も意外だったのだろう。キョトンとしているユーノの姿が何かおかしかったから。

            ◆◇◆

「……そっか。今日こっちに泊まりだったんだ」
「うん。さすがに事務処理でこんな時間まで掛かっちゃうとは思わなかったんだけどね……」
 二人で並び立って歩きながら、何の事はない話に華が咲く。
「フェイトも早く補佐官探した方が良いんじゃないかな? クロノだってエイミィさんに付いてもらってるわけだし」
「あはは、そうかもね。ところでユーノはこんな時間にどうしたの?」
「ああ……僕も何か寝付けなくてさ」
 素直にこういう時間は何か珍しい、そう思う。
 勿論、夜にこうやって二人で出歩くこともだが、自分たちが一緒に行動する時は大抵なのはもいることが殆どだったから。
 こんな時間だ。きっと今頃、なのははグッスリと夢の中だろう。後で今日のこと話したら、「二人だけで狡い」とか可愛く怒るだろうか。
 つい、そんな親友の姿を想像して笑うフェイトに、隣を歩いていたユーノがふと首を傾げた。
「フェイト、どうかした?」
「え、ううん。何でもない」
「そう? あ、何か飲むかい? 奢るよ」
 道沿いを進みながら、ユーノがそんなことを口にする。彼の視線の先を追うと、その先に灯りを放っている自販機があった。
「んー? じゃ、コーヒー。ブラックのがいいな」
「こんな時間に? 余計眠れなくなっても知らないよ?」
「い・い・の」
 自分だってコーヒーのボタン押すくせに、とユーノの行動が分かっているフェイトが可愛らしく頬を膨らます。
 執務官として、現場に出ている際にそんな姿を見せるフェイトは恐らく居ないだろう。
 こういう顔を見せるのは家族か、ごく親しい友人だけだ。
「はい」
「うん、ありがとう」
 ガコンという排出音と共に自販機から出てきたコーヒーの缶をユーノから受け取る。保温された缶が思ったよりちょっと熱かった。
 火傷しないように縁に手を添えながら缶を開けて、一口付けて、ホッと息を吐く。
 何だかんだとやっぱりまだ仕事の緊張が抜けていなかったのだろう。ようやく一息吐けたと身体が判断したのかも知れない。
 コーヒーを零さないように気を付けながら、身体をウン、と伸ばすと自販機を背もたれ代わりにして、フェイトはユーノへと視線を向ける。
「……でも意外だったな?」
「意外?」
 フェイトの言葉を受けながら、自身もコーヒー片手に道路沿いのガードレールへ寄って椅子代わりに腰掛け、ユーノがそう返した。
 何が意外なのか分からないのだろう。首を傾げるユーノにフェイトがクスクスと笑う。
「ユーノのこと。ユーノってさ。夜更かしはするけど、何かこうやって出歩いてるってイメージ無かったから」
「あー、なるほど」
 フェイトのその言葉にユーノは声を立てて相づちを打つ。
 確かにユーノの性格からしてみれば、眠れなければ眠れないなりに所蔵してる本を読み漁っていたりしていると思われても仕方ないかも知れないから。
「……あながち外れてはいないけど、さ」
 フェイトに釣られたようにユーノもクスクスと声を出して苦笑する。
「案外、こうやってブラブラしてることもあるんだよ?」
「……ホントに意外だ」
「別に僕にとっては意外でもないんだけどね」
 その返事にフェイトが目を丸くする。夜遊びという訳ではないが、ユーノが夜こうやって外を徘徊している姿なんて想像出来なかったから。
「スクライアで旅をしてた頃なんて、眠れなかったらちょっと抜け出して空を眺めたりしてたんだ。もっとも子供一人で抜け出したのバレて怒られたこともあったけど」
「怒られたんだ」
「うん、怒られた。まぁ、それこそ小さい頃の話さ」
 そういって空を見上げるユーノにフェイトも視線を上げる。本局の天井は「空」と呼べるほどには高さが足りない。
 いくら街という大きな物を形作っていてもやはり天井は人工の物に過ぎない。
 一部には吹き抜け構造になって、外の次元空間が覗けるようにはなっている。が、それを空と呼んでいいものだろうか。

「……ユーノは、さ。今の自分に満足してる?」
 天井を見上げたままのその言葉にユーノが視線を戻して、フェイトの顔を見つめる。
「うーん……満足してる、かどうかは自分でも分からないなぁ。今が充実はしてるけど。それがどうしたの?」
「……スクライアに戻って発掘したりしたいんじゃない?」
「ああ……」
 何となくフェイトの言葉の意図が掴めた。スクライアという性質からすれば、こういう人工の街よりは旅をしていたいんじゃないのか、と言うのだろう。
「確かに、まぁ。少しはあるかな、それ。でも今だって、結構好き勝手に発掘とか考古学のほうでも優先させて貰ってるわけだし。それに自分で選んだ道だしね」
「……そっか」

 ―――自分で選んだ道。

 そういえば、ユーノにあらたまってそう聞いたことは無かったかも知れない。
 なのはもフェイトもユーノも闇の書事件の後には自分で歩む道を決めていた。
 今頃になって、こうやって迷えるのはきっと贅沢なことなのだろう。
 今の自分に満足しているか。フェイトにしてみれば、自分への質問でもあった。

「そういえば。意外って事で思い出した」
 天井を見上げたまま、考え事をするフェイトに今度はユーノがそう声を掛けた。
「何?」
「いや、それ」
 ユーノが指すそれ。
「コーヒー?」
 手に持っていたコーヒーの缶をひょいと持ち上げてユーノに見せる。これが何だというのか、と首を傾げたフェイトにユーノが言葉を続けた。
「いや、小さい頃はさ。フェイト紅茶のほうが好きだったような気がするんだけど」
「あ、そういうことか」
 コーヒーを飲むようになったのはいつ頃からだったろうか。
 確かに小学生の頃は翠屋でケーキと一緒に紅茶を頂いたりするのが好きだった。リンディもどちらかというとお茶派だったし。
 そんな自分がコーヒーを飲み始めたのは……。
「クロノの影響、かな」
「クロノの?」
 最初はクロノが飲んでいるのを見てだった気がする。
 無理しない方がいいんじゃないかと止めるクロノの心配をよそに初めてなのにいきなりブラックで飲もうとして、その苦みに見事に撃沈したのは今となっては良い想い出と言えるのかも知れない。
 何せ、その時のフェイトの顔がよほど面白かったのだろう。クロノにしてみれば、珍しく声を押し殺して笑いを堪えていたのだから。
 勿論、この直後機嫌を損ねたフェイトを宥めるのにクロノは四苦八苦してエイミィにヘルプを求めていたのだが。
「昔、クロノがコーヒーを飲んでる姿が何かカッコイイと思っちゃったんだよね。それで私も飲んでみようかなって」
 そんな単純な理由だったのが意外だったのか、ユーノが軽く吹き出すのを見て、フェイトはまた頬を膨らませる。
「どうせ子供っぽい理由ですよーだ」
「ごめんごめん」
 あっかんべ、と舌を出すフェイトに途端にユーノが手を振って謝りだす。別にそこまで怒ってはいないのだがユーノのちょっと慌てる様が何か可笑しかった。
 そんなユーノも缶コーヒー片手にガードレールに腰掛けてる様は黙っていれば、ちょっとカッコイイなと思えるというのに。
 まぁ、昼間だったらガードレールに腰掛けてたりしたら、注意ものなのだけれど。
「さて、と。そろそろ帰ろうかな」
 フェイトが飲み終えた缶をくずかごに放り込んで、反動を付けて背もたれにしていた自販機から軽く一歩手前に踏み出す。
「あ、フェイト。途中まで送るよ」
「いいの?」
 こんな時間だし、さ。と笑うユーノの言葉に時計を見てみれば、気が付けばまた随分と時間が経っていた。
 これから帰って寝てもあまり眠れる時間は無いかも知れなかった。
 顔を合わせて軽くお互いに苦笑して、ゆっくりと二人で歩き出す。行きと違い、帰りは二人とも言葉少なく、ただ静かに足音と偶に吹く風の音だけが聞こえていた。

 静かだけど、偶にはこんな時間も悪くない。そう思ったら、フェイトの口から自然と言葉が漏れていた。
「…………ねぇ、ユーノ」
「何だい?」
「機会があったらでいいから、ね。またこうやって散歩に付き合ってくれない……かな?」
 やや上目遣いに自分を見上げてくるフェイトにユーノは目を丸くし、少しの後軽く吹き出した。
「……別にいいけどさ。次は翌日が休みの日にしておこうね」
「……そうだね」
 ユーノの返事にフェイトも思わず吹き出してしまう。実のところ、二人とも明日も仕事だ。

 これから取れる睡眠時間を考えると苦笑が漏れるが、こうやって二人で散歩するのは決して悪くない時間に思えたから。
 ―――きっとどちらかが声を掛ければ、また同じ事をするだろう。

 ひとしきり笑った後、二人とも立ち止まって天井を見上げる。満点の星空とは行かない人工の空だけど、こんな散歩も悪くないのかも知れなかった。



 余談。

 ―――後日、これをなのはに話したら、やっぱりフェイトちゃんとユーノ君狡いと言って膨れてくれて、可愛く嫉妬するなのはが面白かった。
 ―――またやろうかと思ったけど、どうせなら次は三人で散歩するのも良いかも知れないな。ユーノが困るかもだけど。


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